はっと目を覚ますと、隣では田中さんが独りで飲み会の続きを始めていた。
 
 じっと水割りのグラスを睨みながら…。
 
まるで何かに怒りを感じているようにさえ見える。
『彼女と喧嘩でもしているのだろうか』  少しだけ彼が遠くに思えた。
 
私は… 何時間も眠っていたようなすっきり感で。
やはり仮眠をとって正解だった。
テーブルの上に外してある彼の腕時計に目をやると、カルティエ? が8時ちょっと過ぎを教えてくれた。
田中さんとの夜は、まだまだこれからである。
 
「よく眠ってたから。起こすの可哀相で…。」
私が目を覚ました事に気づいた彼は、温かな笑顔を私に向けてくれた。
 
「父と母は?」
私は辺りを見回しながら彼に聞いてみた。
 
「一緒みたい」
彼はお風呂上がりの頬をさらに赤くしながら答えた。
 
「あっ、お風呂でしょ」
彼に釣られて、何故か私の顔も赤らんだ。
 
「いつも一緒に入ってるのかな?」
 
「そう、夫婦喧嘩した時だって、一緒に入らない日はないの。 仲がいいんだか悪いんだか。」
 
「深いところで繋がってるんだなあ。 羨ましい夫婦だね。」
 
「でも、理想の親ではないの。 母は口うるさいし、父は頼りないし…。 男だったら、もっと強気でいて欲しいな。」
 
私の理想は… 優しくておおらかな母親。
そして、そんな妻を力強く支える父親。
二人とは全く正反対の両親像である。
 
「雪さんは、男の本当の強さって何だと思う?」
 
田中さんは私の目をじっと見つめた。
 
「それは… たぶん自分の意思を通すとか、プライドを持つとかだと思うけど。」
 
自分の答えに自信はなかった。
 
「確かに、そんな考えもあるだろうね。」
 
口では同調しているが、彼が決して私の意見に賛成してはいない事が見て取れた。
 
しかし、男らしいとは… おそらく父には持ち合わせていないものである事は確信できる。
うちの父を見ていると、『情けない男』 だと痛感する事もしばしば。
完全に母の尻に敷かれているのだから。
 
「本当の男らしさとは… 人生の選択を迫られた時に何を守ったのか、で決まると思う。」
 
彼の言ってる意味は解らなくはない。
更に、そのすぐ後に付け加えた。
 
「そして、それを他言しない事。 一生自分の胸にしまって生きる事。 これをスマートにやってのけるのが… 男らしさなんだよ、きっと。」
 
「へえ、田中さんて男らしい人なんですね。」
 
やっぱり彼は自分自身に陶酔しているナルシストだった。
 
「僕は、そんなに男らしくないよ。 あくまでも僕の理想像みたいなものだから。 でも世の中にはいるんだなあ、そんな人って。」
 
彼は自分の事を語っているのではないのだ。
私の完全な勘違い、思い込みである。 きっと私は彼の性格や考え方の5分の1も知らないのであろう自分が、ちょっぴり悔しく思えた。
 
「えっ、いるんですか? そんな男らしい人。 誰なんですか?友達?」
 
一度深い深呼吸をすると、田中さんはしみじみと答えた。
 
「係長だよ。 君のお父さん。」
 
 
 彼は本気で言っているのか、それともからかっているのか・・・。
果たして、ここは笑うとこなのだろうか。
彼の真意と、この空気を読み取る事ができずに、私は一人戸惑っていた。
 
                  ~次回へ続く~