まるで自分が家族から、ないがしろにされたようで…
 
正直、かなりムカつく。
 
私は田中さんから、わざと視線を反らして横を向いた。
無言の拒絶を察したのか、彼も沈黙している。
 
心なしかお互いの飲酒のペースが早まったような…。
きっとこの微妙な雰囲気の、間がもたないのだろう。
 
もし自分が男だったら…
 
私みたいな女を、絶対彼女にはしないと誓える。
ふて腐れて、他人に八つ当たりする私を、きっと田中さんは呆れている事だろう。
 
しかし彼には、不思議と感情を出せる。
自分の見せたくない部分を、既にさらしているからであろうか。
今更、気取ってみせたところで意味はない。
だからこの人の前では、何故か気が楽なのだ。
 
だからと言って、本心をさらけ出すのは何だかシャクではある。
なぜなら彼の意見は、筋が通っていて反論の余地がなさそうだから…。
 
 
「僕みたいな人間は、嫌いでしょ?」
 
この煩わしい沈黙を最初に破ったのは田中さんであった。
 
 
「別に嫌いじゃないけど… 特に好きって訳でもないかな。 でも、どちらかと言えば… 嫌いなほうじゃないかも。」
 
「あの、すみません。 言ってる意味が・・・」
 
もちろん言ってる意味は、自分でも解らない。
 
 
「つまり、田中さんて個性的な人みたいだから。」
 
「だから?」
 
「え?あっ、はい。 つまり個性的だから興味はある、と。 でも、理解するのは… 大変そうかな、なんて。」
 
「僕って、そんな複雑な人間に見えるのかなあ。」
 
フォローしたつもりが、墓穴を掘ってしまったようだ。
 
 
『好きですよ。 かなり気になる人です』
 
…と何故、素直に言えないのか。
今更ながら自分の性格を憎たらしく思う。
 
 
「僕は… 雪さんみたいな人、かなり気になります。」
 
急に何を言い出すのかと思えば…
 
そんな、とんちんかんなところが個性的なんだと言いたいのだ。
 
でも、かなり気になるとは…
 
私のそれと同じレベルのものなのであろうか。
それとも…
 
 
「はっきり言って、好きだなあ。 感情豊かだし」
 
告白めいた実に中途半端な彼の言葉に、返すセリフが見つからなかった。
 
この、どうしようもなく気恥ずかしい空気を一転してくれたのは、お風呂上がりの母の甲高い一声であった。
 
  
「二人とも明日仕事でしょ? 飲み過ぎると辛いわよ」
 
「はい、もう飲みません。 僕は寝かせて頂きます。」
 
そう言うと、彼は自分のグラスとお皿を流しに持って行った。
 
私は…
 
もう少し飲みたかった。
何故なら、父に聞きたい事があるから。
 
是非はっきりさせておきたい昔の話。
 
父が自分の出世を棒にふってまで看病したというのなら、その時の母の病気は何だったのか。
そしてその事を何故、私に隠していたのか。
 
父と二人きりで、この話に決着をつけたかった。
 
 
『おやすみなさい』と言って田中さんは拓海の部屋へ入って行った。
 
母は片付けは明日にしてこのまま寝るつもりであろう。
あとは、お風呂上がりの父が喉を癒しに再びここへ来るのを待つだけだった。
 
私は冷静さを装いつつも、グラスの中の白ワインを一気に飲み干し、そして新たに注ぎ直した。
 
父と向かい合うのは…、私にとって初めての経験であるような気がしていた。
 
”一見家族らしく見えるが、実は繋がりの乏しい集団”
 
今の時代にピッタリの我が家。
 
今夜、父と向き合う事で私たちは本当の家族になれるのだろうか…。
それとも、崩壊してしまうのか。
 
”神のみぞ知る” である。
 
 
 
 
                ~次回へ続く~