「どうかしたんですか?」
拓海の部屋から田中さんが飛び出してきて、不思議そうに言った。

「いや、なんでもない」
父が答えた

父のその険しい表情が、余計に物々しさを語っていた。
母は慌てて自分の部屋へ帰って行き、その後ろ姿を追うように、私はいつまでも見つめていた。

そのうち父はおもむろに立って、
「ちよっと出てくる」

誰もそれを止める者などいなかった。
リビングのドアをバタンと閉めて、父は出かけてしまったのだ。

リビングには私と田中さんの二人が突っ立ったまま顔を合わせていた。

「ムカつく…」
私はつい田中さんの一番嫌いな言葉を呟いてしまった。
でも、このムカつくが今の私の気持ちを表わしていたのだから仕方ない。

「飲まない?」
穏やかな田中さんの雰囲気が救いだった。
私はさっき直した父の高級なブランデーを持ってきてグラスにそそいだ。

「お母さん、泣いてたね」
グラスに入った好きでもないブランデーを一気に飲み干すと、田中さんは私に同意を求めてきた。

私は、
「そうですね」と言ったっきり、ゆっくりとブランデーのグラスを傾けた。

誰かに慰めてほしい気持ちが田中さんに向いてはいたが、まだ彼のことを私はよく知らない。
唯一私を慰めてくれるのは、このブランデーだけだった。


~次回へ続く~