COUNTERFIREに掲載された、友人のオピニオンを訳しました。

 

 

http://www.counterfire.org/articles/opinion/19361-i-m-a-palestinian-from-jerusalem-where-s-my-say

 

 水曜日の朝、僕は通勤の途中でラジオを聴いていた。一時間にわたって僕が聴いたのは、トランプが予定している発表がもたらすことについての、コメントや予想だ。彼はパレスチナのマフムード・アッバース大統領に電話して、米国大使館をテルアビブからエルサレムに移設することを伝えた。その朝、様々な意見を聞いた後、僕はこのことばかりを考えるようになっていた。

 トランプは本当に、エルサレムに関する決定を下せるのだろうか? 一体、どうやって? 彼は政治的背景を持っているとはいえないし、彼は何千マイルも離れたところに座った、ダメなビジネスマンに過ぎない。それなのに、彼がエルサレムをすべてイスラエルに渡せると、ほんとうに本人は思っているのだろうか?
 もちろん、彼はこの事態を歪んだ政治的利益に利用するのだろう。おそらくこれは、彼が大統領選の間に発表した中で、彼が満たそうとしている唯一の約束なのだ。

 でも、僕は?
 僕はパレスチナ人で、エルサレムに住んでいて、パレスチナの首都で暮らしている。エルサレムは僕の街で、僕の中心で、僕はここに帰属している。実際、僕は他のどこにも属していないのだ。エルサレムを除いては。

 これについて僕自身が強い意見を持っていることを理解するのに、時間はかからなかった。そして、トランプは一つの意見も持たないはずなのだ。
 彼は、エルサレムが誰のものかなんて、僕に言うことはできない。僕はこの街に愛着があるけれど、彼は全く持たないし、ましてや理解などしていない。彼はこの場所で僕が知っている街路だって知らない。そして彼はきっと、理解できやしないのだ。金曜の午後、不屈に満ちたエルサレムの空気を吸うとき、どんな感じがするのかを。

 発表がなされるその日の夜、僕は確かにテレビの前にいた。僕はトランプが発する一言一言を聞きたかった。僕は画面を黙って見つめながら、僕が今日聞いた全てのことが間違いであったらいいのに、トランプが何か他のことを話せばいいのに、と微かに願っていた。

 僕は、和平プロセスの復活や、中東に安定をもたらす新しいイニシアチブについて彼が話すのを聞きたかった。でもドナルド・トランプは自ら望み、決定を下したのだ。エルサレムを統一された永遠の首都とするイスラエルの発表を一蹴した、1980年の国連安保理決議に逆行したばかりでなく、ハマースがファタハにガザ統治を委譲すると思われた日の数日前にこんな発表をした、邪悪な大統領として想起されることを。
 この試みは、パレスチナの二つの党の和解を壊してしまうだろう。これらの党は10年以上も分裂し、統一政府を創ることができなかったあとで、やっと和解の合意に達したところだというのに。

 本当の問いは、エルサレムをイスラエルの首都と宣言し、米国大使館をここに移転することが、実際には何を意味するのかということだ。
 短期的に、そして現場の事実から考えれば、何も変わらないだろう。イスラエルが1948年にエルサレムの一部を、また1967年に残りの部分を占領したことを、思い出してほしい。それからというもの、この街はイスラエルの軍事管理下に置かれていて、イスラエルはエルサレムとその住民のすべてをコントロールし続けている。そして、住民の三分の一はパレスチナ人だ。

 それでも、この宣言はたくさんの政治的な重みを抱えている。まずなによりも、トランプの動きを追う国々の前例になってしまう。それが普通のことになって、じきに僕らはもっと多くの領事館や大使館がテルアビブからエルサレムへ移ってくるのを、目の当たりにすることになるだろう。

 長期的にみれば、僕らはこの日を、和平プロセスの終焉を運命付けた日として想起して語ることになる。エルサレムは、パレスチナ人、そして多くのアラブ人、世界中のイスラーム教徒たちにとって、越えてはならない一線なのだ。パレスチナ人の意見が反映された最終合意に達するまでは。

 トランプは和平合意を押し進めたいと言い、パレスチナ人とイスラエル人双方にとってのぴったりな解決策のため、米国が献身的に取り組むと発表した。けれども、彼が状況をイスラエルにとってより好ましい方向へ明確に動かしてしまった今、僕はもう遅すぎると思う。一人のパレスチナ人である僕は、公正な解決策と紛争の終わりを共にもたらすことにおいて、もう米国を信じることができない。

 この宣言と、起こりうる交渉会談のあとには、エルサレムの問題にパレスチナ人が手を出すことは難しくなるだろう。なぜなら、イスラエル人はこの首都認知を、エルサレムがすでに彼らの首都であったことを確定する根拠にするだろうから。

 僕はその後数日、パレスチナ人たちがこれからどうするか、どう反応するかについて、何度か意見を求められた。そして僕は、こういう質問にどう応じるか、必死に僕の答えを探した。
 この手の質問に直面するたび、僕はパレスチナ側のリーダーシップが欠如していることを思い起こさせられる。実際、パレスチナ人たちに何ができるのだろう?
 彼らはこの決定への怒りを表すためにストライキを呼びかけ、3日間の活動やデモを組織した。でもこれは米国の立場を覆すことにはならないし、なんの影響ももたらさない。パレスチナ人が打ちのめされ、権利を奪われるのは、これが初めてのことではないのだ。僕は、これが「最後」であることをただ祈っている。

 もし仮に僕らが、近隣のアラブ諸国がこちらに振り向いて支援してくれることを願ったとしても……彼らは僕らに共感してくれると思うものの、結果に大差はないことを僕らは知っている。その国々のいくつか、イスラエルや米国と積極的な関係をもつ国々が、僕らのためにその影響力を使ってくれることを僕は期待したいところだ。最低限、これらの国々が自国内の米国大使に、非難やこの恥ずかしい決定への拒絶を託すこと、そしてこの紛争における大使の立場についてマシな弁明を要求することを。

 でも、僕らパレスチナ人たちは闇の中に取り残されていて、ふたたびアラブの友人たちに見捨てられているように思う。僕らがこの醜悪な現実の中で暮らし、僕らの自己決定権や正義という希望を、このふざけた大統領の面前で消し去られてしまうのを目撃するように。

2017年12月12日

アフマド・ムナ/Ahmad Muna
東エルサレム出身のパレスチナ人。ケント大学で財政学の学士・修士を取得。現在は東エルサレムにて、家族で経営している「Educational Bookshop」のマネージャーとして働き、またお茶を通じてアラブ人女性の自立を支援する「Leaves of Canaan」の共同創立者・事務局長を務める。