2010年。NHK/トランスフォーマー/NHKプラネット近畿。
  井上剛監督。渡辺あや脚本。大友良英音楽。
 音楽が素晴らしい。『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(これも大友良英が担当)といういまひとつ(ふたつ?)な映画で知ったシンガーソングライターの阿部芙蓉美も良い仕事をしている。

 登場人物は冒頭のエピソードに登場する津田寛治(ちょっとこの俳優の使い方が荒っぽい、俳優に対するレスペクトの精神が全く感じられないのが残念だった。津田寛治はこの映画以外にも多くの映画で似たような扱いを受けているケースが見受けられるので、いつも通りの扱いだと言えなくもないが。)以外には、
 森山未來と佐藤江梨子のふたりだけで、
 森山未來が最高に素晴らしい。そして、俳優としての可能性はゼロに限りなく近いと思い込んでいたサトエリが、ここでは意外にも最高に素晴らしかった。この道筋のどこかにサトエリの俳優としての未来への鍵が潜んでいるに違いない。

 物語は偶然出会った、震災の記憶を共有する男女が深夜から朝まで神戸の街を歩き続けるだけの、自動車を使わない徒歩によるロードムービーのようなもので、特に物語らしい物語はないように見え、会話と、歩き続けることで少しずつ変化していく周囲の風景だけで成立している作品だった。

 ジャン・ピエール・メルヴィルの『マンハッタンの二人の男』によく似た設定だが、少し意識していたのかもしれない、とも思われるシーンもあるにはあった。
 しかし、こちらは男と女で、リチャード・リンクレイターの『ビフォア・サンライズ』、『ビフォア・サンセット』のシリーズを連想させられるが、二人が恋人になりそうな気配はあまり感じられない。
 最後に、「また来年この場所で会おう。」という約束めいた言葉が交わされてはいたが、社交辞令に近い印象で、おそらく、この二人が再会することは永遠にないだろう。

 その方が物語としては余韻が残るし、そうでなければならないはずだが、ひょっとすると、この映画の評価が高かっただけに続編の再会篇が作られる可能性がありそうな気もする。
 それはそれで、また最後に「いつかどこかで再会しよう。」とでも言って、もう二度と会うことはないだろう、という印象を与えれば良いだけのことだが、それが繰り返されて第三作目が作られたりするとおかしなことになってくる。

 何か強くて固い芯のようなものがあれば、二人の男女があてもなく深夜の街を徘徊するだけですぐれた映画になることは目に見えて明らかだったので、二人が歩き出した時点でこの映画は傑作であることは保証されていたが、
 それにしても素晴らしかった。カメラや照明、神戸の街並み、二人の会話のやりとり、それぞれの表情の変化など全部がパーフェクトと言っても良いほどに美しい。
 こんな映画を作る能力のある人材が集まっているとは、「NHK,、おそるべし。」という感慨があった。
          公式サイト(日本)
映画の感想文日記-sonomachino1
 阪神・淡路大震災から15年経過したことを受けて、NHK近畿で製作されたドラマを劇場映画用に再編集したものらしいが、NHK-BSではときどき、これくらいの低予算ドラマが放送されていて、意外にうまいなあ、と思っていた記憶があった。
 全部のせりふがアドリブではないのか、と思わさせられる自然な会話で成り立っている脚本も素晴らしい。おそらくアドリブを大幅に取り入れているのではないか、とも思われた。
 会話の中から浮かび上がる震災の記憶、これから自分たちはどのように生きたら良いのか、といった深刻な事柄が、メッセージ性ゼロで見ている者と共有されてくる感覚を導き出す演出もすごい。
映画の感想文日記-sonomachino2
 ちょいモッズ系(あるいはガチガチのモッズ系)みたいなマフラーとコートの森山未來は、かなりの音楽マニアだとみた。
 震災のことなど忘れてしまっていた、と言いつつ、語り始めるごとに、心の奥底で深く傷ついていることが明らかになってくる過程の表情や仕草、言葉などが胸に響いてくる演出は見事だった。
映画の感想文日記-sonomachino3
 サトエリは相変わらずケバいが、ちょっと抑え気味のメイクの効果か、冒頭ではいつもの攻撃的なイメージがあったが、それはすぐに消え去り、次第に穏やかで柔らかな印象へと変化していく姿は、美しいと言っても過言ではないだろう。
 今も亡くなった友人の記憶から逃れられないでいる繊細な感情を表現することにも成功していた。
 これまで映画で見たサトエリの中では最優秀演技賞だろう。
映画の感想文日記-sonomachino4
 実際に震災を経験した俳優が演じているせいか、ドキュメンタリー調の演出の効果か、生々しく震災の記憶を胸に生活している人々の物語を実感した。
 物語自体は深刻なものだが、何か晴れがましいイメージが希望とともに残るクライマックスのエピソードもすぐれていた。
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