LA PROMESSE BAFOUÉE D’OBAMA オバマの蔑にされた約束 | PAGES D'ECRITURE

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フランス語の勉強のために、フランスの雑誌 Le Nouvel Observateur や新聞の記事を日本語に訳して掲載していました。たまには、フランス語の記事と関係ないことも書きます。

先週の『週刊東洋経済』は、「分裂する大国 アメリカ」という特集でした。


週刊 東洋経済 2014年 11/1号「分裂する大国 アメリカ」
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約1か月前の、週刊誌 Le Nouvel Observateur の2014年10月2-8日(通巻2604)には、アメリカの作家リチャード・フォード氏の対談が掲載されていました。LA PROMESSE BAFOUÉE D’OBAMA (オバマの蔑にされた約束)という記事です。上記『東洋経済』の特集記事に触発されたわけではありませんが、とりあえず訳してみました。




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LES DÉBATS DE L OBS

EXCLUSIF

L A PROMESSE BAFOUÉE
D
OBAMA

Le grand écrivain Richard Ford, remarquable portraitiste de l'Amérique profonde, parle de son président, de son pays et de injustice

(奥深いアメリカの肖像を描いて注目すべき、著名な作家リチャード・フォードが、大統領と自らの国、不当性を語る)

PROPOS RECUEILLIS PAR FRANÇOIS ARMANET



Le Nouvel Observateur それぞれの本で、あなたはアメリカ中産階級の類まれな観察者として認められてきました。この奥深いアメリカは今日、どのような状況でしょうか?
Richard Ford どの人種集団もひっくるめて、アメリカ人は皆、自分の生活が今あるよりも良くなるはずだったという感情を共有しています、ごくわずかな特権階級や強者を除いて。騙し取られた、蔑にされた約束、という感情を。確かに、我々は自分自身のことしか考えられない。しかし私は絶えず、事態が本来あるべきだった状態ではないという感覚に直面しています。黒人にとって、あるいはメキシコ人移民にとって、この社会的不公平の感情は正当です。しかし白人中産階級でさえも騙されたと感じ、急進化し、極右思想に転向しています。国民国家という思想の危機の原因はそこにあります。オバマの大統領当選は私がこれまでに経験した最も重要な政治的事件の一つです。それでもこの当選は蔑にされた約束という印象を強めるだけでした。最もオバマを憎んでいるのが誰かご存知ですか? 黒人です。最近、アラバマ州の小さな黒人向け大学の学長と飛行機に乗りましたが、彼はこう言いました、「オバマは我々に何もしてくれなかった。」 これはもちろん、間違いです。しかし黒人は、オバマが十分にはしなかったという気持ちを抱いています。含みを帯びた判定の代わりに、全面的な拒絶が観察されます。
人々が毎日オバマに何かを要求しているという印象があります。彼が多くの努力をしていると、私は本当に信じていますが、毎日の奇跡を彼に期待することなどできません。さらに、有権者は非常に多様であり、彼を憎む共振駅な人種差別主義者をも含みます。ある著名な法律家が言ったように、「自由の精神は、敵対者に余地を残しておく能力から成る。」 これこそオバマがしようと努めていることです。たとえ敵対者が醜い動機を持っている時でも。

あなたの国の現在の問題はかなりの部分が貧富の格差の拡大によるものだたと考えますか?
もちろん。それ(格差の拡大)は私がどうしても書きたい要因、とりわけロナルド・レーガンによって撒き散らされたアメリカの巨大な嘘、の結果です。レーガンによれば、富裕層が豊かになれば貧困層も豊かになるといいます。格差が拡大すればするほど、嘘も強くなり、我々にとって致命的なほどになりかねません。アメリカ人は自分にとって何が良いことなのか知りません。歴史的に、この国は18世紀から、公共の物事と国家の問題に対する利害にかけています。それらが我々に関係ないかのように。我が国の短い歴史を通じて、我々は国家を喧しいもの、されには有害なものと認識してきました。そして国家に無関心でいられると信じています。アメリカ社会の根本そのものを崩すのは、この真実の歪曲であり、歴史的な嘘です。不幸にも、オバマ大統領は半ば無邪気に、そのように振る舞っています。彼は優れた人物です。私は彼に二度も投票しましたし、もし再び立候補する権利があるならもう一度投票するでしょう。しかしたとえ意識していたとしても、彼にはこの事態を変える意思はありません。そして同じような場合に、アメリカの歴史では、問題を解決する最も良い手段はいつも、戦争を始めることです。状況を劇的にし国民を熱狂させるのです。

前任者らと違ってオバマは好戦的ではありません。イラクとシリアに介入する決定を下し、ドローンの使用を強化して、グアンタナモを閉鎖もしなかったしパトリオット・アクトを廃止しなかったにしても。この偽の平和主義者をどう思いますか?
彼は善意に満ちた理想主義者、進歩主義者ですが、統治するよりは選ばれる才能に恵まれていると思います。彼を弁護すると、国民の中の反国家主義的部分はオバマより強い。ティー・パーティー、極右は、国家は戦争すること、国土を防衛することだけに役立つと考えています。オバマはそれよりも複雑な国家観を持っていますが、絶えず野望を後退させるように強いられています。介入できる領域があまりにも限られているために、もはや何をすべきかもわからないはずです。手を縛られて、彼の代わりにだれであっても、途方に暮れるでしょう。偉大なリーダーであることが明らかになっていたら、恐らく解決策を見出していたでしょう。しかし彼がそのような器であるか、私には確信がありません。

あなたはオバマが具体的な現実から切り離されたインテリのままでいたと考えますか?
いずれにしても、彼が対決を好んでいるとは思いません。根本的には、彼が何を考えているか我々は知りませんし、彼の意図もわかりません。しかし、結果から判断すれば、政敵に抵抗することができず、国家元首としては失敗したと言えます。

この夏は、ガザ危機、イスラム国の成功、ウクライナ、ミズーリ州ファーガソンの暴動…と、オバマにとっての試練でした。あなたは彼が変革を約束したから投票しました。変革することに成功したのでしょうか?
オバマの大きな勝利は国家レベルで展開され、同性婚に関するk十です。近東では、いずれにしても、アメリカは状況を掌握するのに常に苦労してきました。ファーガソンに関しては、確実にもっと有効に対処できていたはずです。残念ながら、白人警官が黒人青年を射殺することは全く目新しいことではありません。このような悲劇は、我々が現実の中に見る理想化された始祖うに反するから騒ぎになるのです。しかし、距離を置いて見る必要があり、歴史の文脈に置き直してみるべきです。この種の逸脱は10年間で既におよそ20回も再発していたはずです。私はファーガソンをよく知っています。その近くで法律の勉強をしていたからです。急激に変わりゆく郊外の住宅地です。ますます多くの黒人が住み着くために、白人が退去し始めています。とりわけ警察の人種差別は風土病のような社会問題であり、突然、メディアを賑わす事件となって際立つことがあります。それに反して、オバマや法務長官んは問題の根っこに気づいているのだから、それを根絶するための長期的な作業に取りかかるべきでした。

あなたはミズーリ州ジャクソンで生まれ育ちました。1950年代に学校に通っていた時、黒人とは全く接触がありませんでした…
ありませんでした。本当にアパルトヘイトの状況であり、悪化する一方でした。というのは、この人種隔離政策はさらに増強し、爆発し始めていたからです。もちろん黒人が最初にそのことに気づいていました。彼らが社会的に不利だっただけになおさら、最初に苦しんでいたからです。しかし白人でさえも、公民権運動に照らして、そこに道徳的不正を見出し始めていました。南部の白人は不条理で疎外された実存を生きていました。彼らが嘘、歴史的で道徳的な嘘の中で生きていたからです。それが、高校卒業後にミシガン州の大学に行くことを選んだ理由です。

この時代について、不公平に対する特別な感受性を持ち続けていたのですか?
そうだと思います。人種隔離政策は私の個人史の中で、不公平の原型そのものを成してきました。それはつまり、人が持っていることも持っていないこともある他者に共感する能力は、先天的な感覚であると私が信じているということです。母は私にいつも言っていました、「リチャード、あなたは優秀な弁護士にはなれない、心が優しすぎるから」と。私は法律に強くひかれていましたから、この言葉には激怒しました。しかし真実でした。私は道端で怪我した亀を助けるために車を止めるような人間でしたから。反対に、Graham Greeneは、作家は皆、氷の針を心に抱いていると言っていました。この二つとも、私の中では真実だと思います… 私はこの二つの傾向の間で分裂しているのです。

あなたは10の州で生活し、およそ10回も引っ越しました。ジャクソンで生まれ、ミシガン州で勉強し、ニュージャージ州で生活し、プリンストンで教え、ニューオーリンズ、ニューヨーク、デトロイト、メーン州、モンタナ州、カリフォルニア州に住んできました… 合衆国を構成するこれらの不均衡な場所を結集させるのは何でしょうか?
何よりもまず、一つの言語、一つの通貨、共通の連邦行政機関、さらには相対的な地理的近さです。それだけではなく、建国の父、ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソンやベンジャミン・フランクリンから受け継いだ考え方もあります。これらの領土が別々に発展するよりも、連邦になることで経済的に多くのものを得てきたという考えです。しかしこの、統合へ意志、共通の利益という意識は崩壊し始めています。妻が最近私に言いました、「モンタナとフロリダが結びついたままでいる理由は、本当はない」と。多くの人がこのような感じを抱いていると私は思います。一般に受け入れられている考え方に反するので、口に出して言わないとしても。モンタナ州の住民にとって、ワシントンで決められることによって自分の生活が影響されるのを認めることは、当たり前のことではありません。南北戦争は、アメリカ合衆国の建国から1世紀足らずのうちに勃発しました。当時、この分離主義の誘惑は破廉恥にさえ見えかねませんでしたが、今日では、それほどでもありません。アメリカの思想の中心に、このような連邦に意味があるのかという、潜在的な疑念があります。アメリカ人にはこの疑問を抑え込む傾向があります。しかし、国家だけがこの連邦の唯一の存在理由であるにもかかわらず、1776年を受け継いだ統合の意志は、内心で、連邦国家への拒否感に衝突します。ミシガン州の北部には、分離することを望む小さな半島があります。それに私は、自分が住むメーン州の地域は、地理的まとまりを理由に、カナダの一部であるべきだと思うことがあります。

2008年、あなたは、ジョン・マケインが当選したらカナダに移住したいと断言していました…
実際にそうしていたでしょう! 個人的に、カナダは、合衆国の行き過ぎを免れた、寛容のオアシスに見えます。たとえ石油経済の発展がアルバータ州のような一部の地方を一種のファー・ウェストのようなものにしても、テキサスの、より一般的にはアメリカの狂気からは程遠いままです。2、3年前、ミシシッピーの大学で教えていた時、学生に武器を所持しているか尋ねました。自分も持っているということにして。彼らは神経質そうに笑っていました、なぜなら一部の学生は確実に武装していたからです。いずれにせよ、完璧に合法です。銃で武装したまま、大学に、教会に、レストランに、保育所に入ることができるのです… そして誰もが、そのことを普通だと思っています。しかし結局そうではない。アメリカ人の60%はこれが異常だと思っています。しかし我々は極右のなすがままです。そしてニューオーリンズに住んでいた時、誰かを街中で射殺してしまったら、死体を自宅に運び込めと言われていたでしょう。というのはこの場合、正当防衛になるからです! 

2005年、ニューオーリンズを廃墟にしたハリケーン・カトリーナの直後、あなたは我々に素晴らし文章を書きました。あなたの次の本、『Let Me Be Frank With You』は、あなたの作品の登場人物フランク・バスコンブを再び登場させていますが、今回はハリケーン・サンディが通り過ぎた後に繰り広げられています。
そうです。私はサンディを直接経験しました。カトリーナの場合とは違ったものでした。そしていくつかの印象を抱きました。特に、メディアが気づくことなく、ハリケーンがどのようにして密かに個人の生活に影響したかに注目しました。見かけ上は異質な出来事の間に隠された関係を暴くことが文学の力の一つです。エッセー、『自己への信頼』でラルフ・ワルド・エマーソンが言っていたように、「本性は観察されることを好まない。」 実に単純ですが非常に深い言葉です。これは、想像力が本性の影響を取り出すことができるということを意味します。本質がその影響を暴き立てないにもかかわらず。私の小説ではフランクはニュージャージー州の小さな町にいます。ある秋の日の午後、一人のアフリカ系アメリカ人女性がフランクを訪ね、ずっと前、彼が子供だった頃にその家に住んでいたことを打ち明けます。ハリケーンのために家を追い出された彼女はフランク隣人たちの家に泊めてもらい、かつて父親が母と弟を殺害したこの家に再会する決意をしました。彼女自身が、学校に行っていたおかげで死を免れたのでした。こうして、全く予期せぬ仕方で、彼女を悲劇の舞台に再び連れて行くのがハリケーンだったのです。しかし二つの出来事を関連付けるのは私です。

(以下略)


LE NOUVEL OBSERVATEUR DU 2 AU 8 OCTOBRE 2014, N° 2604



上記の『週刊東洋経済』2014年11月1号の特集、「分裂する大国 アメリカ」の中で、

p.34 からの、『Part1 現地報告アメリカ2014 オバマの夢から覚めた迷える大国はどこへ 1%と99%に分裂 格差に翻弄されるニューヨーカー』
という記事の中では、例の『21世紀の資本論』が登場します。
(pp.37-)
「ピケティ本は聖書だよ」
「部屋の巨象がわかった」

 
 10月3日。金曜日の夜だというのに、マンハッタン西16丁目のニュースクール大学講堂はニューヨーカーで埋め尽くされていた。ざっと300人はいるだろうか。
 この日登壇したのは、フランス人経済学者トマ・ピケティ教授だ。3月に米国で発売された著書『21世紀の資本論』は、700ページに及ぶ分厚い経済書にもかかわらず飛ぶように売れた。3世紀間のデータを用いて不平等の構図を解いた専門書が、米国人の心をつかんだのである。
 その一人、50代のマーク・サリバンさんはピケティブームをこう分析する。「米国に『巨象が部屋にいる』という表現がある。その存在に誰もが気づいているのに、誰もそれに触れない状態だよ。この本は、不平等が今そこにある現実だと認めた。本を買った人のほとんどが読みこなせないだろうけれど、これだけ売れるのは多くが『これは持っておかないといけない』と感じているから。聖書みたいなものだよ」。
 かつて格差といえば、持つ者と持たざる者の差だった。今はそれが「1%と99%」という形を成す。そして、中間層は99%のほうに含まれるのだ。米エコノミック・アナリシス・アンド・リサーチ・ネットワークの調べだと、09~11年の所得上位1%の所得額上昇率が11.5%だったのに対して、下位99%はマイナス0.7%になっている。
詳しくは本誌をご覧ください。







Capital in the Twenty-First Century/Thomas Piketty
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