【暗の雲】#12 前を向いて歩こう。 | コマンタレヴの懐古蟲

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かつて新しいもの好きだった私が、そのスピードについて行けず、
「あれは良かった、これは良かった」などと過去を美化し始めた…。

そんなオッサンの物語。

本日は父の命日です。

 

父が死んでからもう1年がたってしまったのか。

1年なんてあっという間だな、なんて思ってしまうのは、

自分がいかに立ち止まっているのかを思い知らされるようだ。

 

 

コマンタレヴです、どーも。

 

私は物思いにふける事がとにかくよくあって、

今日はやはり父が死んで1年という事もあって、

父の事、そして病気の母の事、自分の事。

 

私は生まれた時からずっと家族といえばこの三人なので、

兄弟とか祖父祖母とかいなかったので、その事を考えるという

感覚がそもそもない。

 

その分、他の人より悲しい気持ちになったり、

何かを抱える事も、人より少ないのかもしれない。

 

しかしたった三人しかいないのに父は死んでしまった。

母の状態も決して楽観視できるものじゃない。

やがてこの世界において私は「たった独り」になるのか。

それもまた今は想像でしかない。

 

父の介護に関しては正直「悔い」が残った。

だから母の介護に対しては「後悔」を残さぬように、と思っている。

 

しかしその反面、これではよくないと思う部分もあって、

それは、私自身の事だ。

 

両親の介護を始めた時、周りにも言われてた事ですが、

自分の事も考えないと、って。

でも、寝たきり、障害、痴呆症、これでどこに

自分の事も考える隙間があんだよ、

「しょせん他人事だな、この野郎」って思いました。

 

献身はこれで十分と思うことなく、むしろ足りないとすら

思うのに、いったいどうしろと。

私は無限なものを何一つ持ち合わせてないんだ。

時間、身体、お金。

私にもっと能力があれば少ないものも、効率よく使っていけたでしょう。

でも私は賢くもなく、心も弱い。

そのせいで無駄な事も多い。

それでも私は多くの無駄を出しながらもやらなきゃならない。

 

1年をとても短く感じているのはそのせいなのかもしれない。

人が半年でできる事を私が1年かかってやっと終えたのなら

その人より私の1年は密度が半分しかないのだから。

 

実際に1年という尺度そのものはどうでもいい。

しかし、せっかく私に命日という形で

1年という尺度を見直させてくれた。

 

今、私には思うことがある。

 

それは私自身の事。

 

この世界は生きている人のモノ。

自分が生者であるがこそ想う死者の事。

 

つくづく思う、白でも黒でもない灰色の空。

綺麗じゃなくても嫌いじゃない。

 

 

 

 

私は前に行こうと思う。

 

 

 

ありがとう。父さん。

ありがとう。母さん。

 

 

生前、父の散髪を私がしてたんだけど、

モヒカン刈りしてゴメンなさい。

 

私はどうあってもこの先も

父と母の息子です。