『こっちのチーム見捨てたって事ね』




もう何十年も前のこと。

それなのに
こんなに耳に残ってる。

きのうのことみたいに
思い出す瞬間がある。




わたしは小学生の頃
学童保育に通っていて



Mちゃんという友人がいた。



その子は絵がうまくてやさしくて
下の子たちに慕われる
笑顔がとても可愛い女の子だった。


わたしはMちゃんが大好きだったし
Mちゃんもまたわたしを大好きで
いてくれた。




そしてそんなある日、それは突然起きた。





『あの子無視ね』




帰りの会が長引いた
金曜日だったと思う。


学童保育の扉を開いた瞬間、
待ち構えていた上の子達に突然そう言われた。


あの子、と彼女たちが指さしたのは
Mちゃんだった。



『なんで無視なの?』



理由もなく
突如言い渡されたそれに、
わたしはとことん納得がいかなくて。





『KちゃんがHくん好きなの知ってるくせに
Hくんと巾着お揃いにしたりしてるから』

『あとKちゃんの事悪く言ってるの聞いたから』

『絵ばっか描いてるし外でバレー誘っても
来ないし、付き合いわるくてほんとは前から
嫌いだった』





彼女達の口から次々こぼれ落ちる
Mちゃんを『無視する理由』


確かに彼女たちにとって
そしてKちゃんにとって

それは由々しき問題だったんだと思う。


だってそれは
『仲良しの友人Kちゃんの一大事』
なんだから。



けれどわたしにはどれも
いまいちピンとこなくて。



『なんでKちゃんの嫌いな人を
わたしも無視しなきゃなの?』



それは心の底から出た本心だった。



わたしは昔からこうで
それでまわりから煙たがられた。

けれど本当に納得がいかなかったんだ。


ただ自分の中で
なぜ納得がいかないのかまでは
よくわかっていなくて。



『なんでって、わかんないの?』



訝しげな彼女達の声。
潜む眉とため息に、
あ、わたしはまたやってしまったのかと
心がざわついた。



『Kちゃんと友達なんでしょ』

『そうだけどMちゃんとも友達だよ』

『そうじゃなくて、Kちゃんが嫌な思い
させられてんのに平気なの?って話じゃん』

『Mちゃんが実際やったとこ見てないから
何にも言えない』



喉の奥で詰まる息を
言葉にして発するのがやっとで

どきどきしてひやひやして

けどどこかで
〝まちがってない〟って何かが叫んでた。



『Kちゃんが悲しいのはかわいそうだけど
Mちゃんにも聞かないとわかんない』



1番奥で
押し出されるのを待ってた言葉は
今思うと事の確信をついていた。



『いいよもう。帰る時また言うから』



Kちゃんの一言とともに
彼女達はその場を引いた。

後ろから花の水やりを終えた先生が
もどってきたからだ。



『何かあったの?』



一瞬、迷った。
いまのことをはなすべきか。


手袋を外しながら言う先生に、
けれどわたしは



『帰る班の話してた』



笑顔こそ出なかったものの
精一杯の明るい声で
そう答えた。


心のどこかで

〝言ったら問題になる。
そうなったらMちゃんが晒し者になる〟

そう思ったから。



どきどきする胸を撫で下ろしながら
先生の後に続いて室内へ入れば



『おかえり。みて、今日の遊戯で
下の子達にあげるおりがみのうさぎ』



Mちゃんが
めいっぱいの笑顔で
おりがみのうさぎをみせてくれた。


ひとりひとつ折って
下の子達にプレゼントすると決まってた
そのうさぎを、

Mちゃんはもう
6つも折ってた。



その瞬間わたしは

ああ、やっぱりわたしは
今目の前でこうして
下の子達のためにたくさんうさぎを
折っているMちゃんを信じたい。


そう思ったんだ。



『一緒に折っていい?』

『うん、黄色とっておいたよ』



そう言って
わたしの好きな黄色の折り紙を差し出す
Mちゃんは、やっぱり大好きな
優しいMちゃんだったから。




そうして、その帰り、
それは起きた。




『あんちゃん、帰り今日一緒の班になる
約束したよね?』




帰り支度をするわたしの手を
Kちゃんがぎゅっときつく掴んだ。

そのどきっとするくらいの力に
思わず顔を上げた時のKちゃんと
周りを取り囲む友人達の顔を
わたしは一生忘れない。



『いいけど、Mちゃんとも班だよ』



わたしとMちゃんとは家が近くて、
いつも同じ班で帰ってた。

特に約束はなくても
なにもなければそれは毎日変わらずで。



『Mちゃん無視って言ったじゃん』

『するって言ってないよ』

『だから帰りに班で話すから』

『Mちゃんとも班だからその話やめようよ』

『何でそんな味方すんの?レズなの?』



レズ、の意味は
当時小学校2年生だったわたしには
まだよくわからなかった。

けれど彼女がそれを
良くない意味で使っているのは
その声色から良くわかったから




『KちゃんがMちゃんを嫌いなのは
直接わたしには関係ないじゃん』

『いいじゃんあんなブス
わたしらが嫌いなんだから合わせてよ』




そのあまりにもな言葉と同時に
わたしの目に写ったのは


Kちゃんたちのうしろで
青いチェックの巾着を手に
立ち尽くすMちゃんの姿だった。



『ねえ、きたよ、あいつ』



集団の1人が彼女に気づいて声をあげる。

何がおかしいのか、くすくすと
笑い出す子もいて



『きょううちら班だから別の人と帰って』

『…同じ道の子他にいない』

『じゃあ1人で帰れば?』



学童のルールで
1人で帰るのは禁止されてた。

みんなそれを知ってて
そんな事を言うんだ。



泣き出しそうなMちゃんと
さっきわたしにうさぎをみせてくれた
Mちゃんの笑顔が重なって見えた。



『わたしMちゃんと班だよ』



声量的には、及第点。
けれど当時のわたしとしては
それでもとても勇気を出して発した一言だった。


しーんと静まりかえる周囲。

むこうで先生と下の子達が
ランドセルの準備をしている声が響く。



『だから、なんで?約束は?』

『してないよ』

『Kちゃんと友達のくせに』

『Mちゃんとも友達だってば』

『もういいよ』



ゆっくりMちゃんのほうへ
歩みを進めるわたしの背中に
Kちゃんの声が届く。



『こっちのチーム見捨てたって事ね』



吐き捨てるような言い方だった。

言葉の圧を感じたし
刺すような視線と空気で
振り向けなかった。



『うさぎ折ってたの、
Mちゃんだけだったよ
6つも折ってた』

『だから?』

『わたしの目に映るMちゃんは
誰も折らないうさぎ
いっぱいみんなのために折ってくれる
優しいMちゃんだから』



小さな頭で考えるより先に
言葉が出てた。

一字一句、今でもよく覚えてる。



『Mちゃんと班で帰る』



最後に一度だけ
勇気を振り絞って振り返ったKちゃんは
わたしの発した言葉の意味なんかより
自分を裏切ったわたしへの怒りで震えてた。


何か言うべきか。

〝友達だよ〟
〝Kちゃんの事も大好きだよ〟

考えたけど、
どれもそぐわない気がして。



『また明日ね』



そっと言って
Mちゃんの手を握った。


その瞬間、



『やっぱ、レズなんじゃんね』



追い打つような言葉に呼応するように
Mちゃんがきゅっとわたしの手を握り返して

彼女にはこの意味がわかっていて
そしてやっぱりきっといい意味では
言われてないんだなと悟った。


『後悔すれば?そいつといる事、これから』


そんなKちゃんの声をさいごに
わたしたちは学童のドアをしめた。



『ごめんね、ごめんなさい』



手を繋いで帰る道すがら
Mちゃんはずっと謝ってた。


いっぱい涙を流しながら
けどその『ごめんね』が

彼女を庇ったことによって
明日から訪れる何かについてなのか、

Kちゃん達の言葉が事実で
それなのに自分の味方をしてくれた
わたしへの罪悪感なのか、


それは今でもわからない。



けれど、
それからわたしが引っ越すまでの1年間、

わたしと一緒にいたMちゃんは
やっぱりさいごまで優しくて人想いで



彼女と友人であれた事
後悔したことなんて一度もなくて。



何が言いたいかと言うと

わたしはわたしが
自分の目で見たものしか信じない人間で
ある事、


数少ない
誇れる部分のひとつで。



面倒で容量の悪い部分でもあるし
人から煙たがられることもあるんだけれど、



それでもわたしは
これからもそんな人間であるんだろうなと
そう思う。




長くなってしまったね。



みんなの目に
わたしはどんなふうに映るのかな?


どうかあなたの目にうつるわたしが



さいごまでまっすぐであることを願います。






*Anco*