「え?こんなマニアックなものまでCDになるの?!」
そんな驚きを持って、CD化されたアルバムを「ワッショイ!」の掛け声とともに賞賛するコーナー(のグループ編)ドキドキ
「CD化サンキュー・ベリー・ワッショ~イ!」

本日取り上げるのは、マッキー・フェアリー&ナイト・ライフの「Mackey Feary&Nite Life」である音譜



マッキー・フェアリーは、ハワイ出身のシンガーソングライターである。

7歳の頃から音楽を始め、11歳の時には初めてギターを手にして夢中になる。
ホノルルの高校に通いながら、16歳の時にはライブ活動も開始する。

1970年代になるとハワイアン・ミュージックは一つのムーブメントとして人気を得ていく。
1973年に、セシリオ&カポノの音楽マネージャーのエド・ガイによって、新しいハワイアン・バンドの結成が企画されるドキドキ
そこでオーディションとスカウトによってえらばれたのが当時17歳のマッキー・フェアリー、マラニ・ビリュー、DJプラット、カーク・トンプソンであった。
彼ら4人に、サックス奏者のマイケル・パウロとドラマーのアルヴィン・フェジェランが加わって、ハワイ島の町の名前を由来にするカラパナを結成キスマーク
ハワイのクラブで、アース・ウィンド&ファイアーやセシリオ&カポノのコンサートのオープニング・アクトとして活動するようになる。

1975年にはアルバム「KarapanaI」をリリースしてデビュー。
ポップやロック、フォーク、ジャズを取り入れたサーフ・ロックは、ハワイばかりでなく世界中で受け入れられて、日本、グアム、カリフォルニアなどでツアーも行われるクラッカー

1976年にセカンド・アルバム「KarapanaII」をリリースしてこれまた大成功を収める。
しかし、バンド内の対立によって1977年にはメンバーの離脱などゴタゴタが起きてしまったのだったクマ

マッキー・フェアリーはそんな中、自身のバンド活動やソロ活動も開始馬
ビリー・カウイのバックバンドとしてマッキー・フェアリー・バンドを率いて、
1978年に傑作ハワイアンAORアルバム「Mackey Feary」をリリースしたのだった。
1979年にはセカンド・アルバム「From the Heart」もリリースし、カラパナのサウンド路線を継承した曲づくりで大人気を博したのだったわんわん

1980年にマッキー・フェアリー・バンドを解散させると、ボーカリストのノヘラニ・シプリアーノとシングル「Let's Do It」をリリース。
1981年にベーシストの佐野健二、ギターのモーリス・ベガとともに結成したのがマッキー・フェアリー&ナイト・ライフだったブーケ1

彼らは1983年にアルバム「Mackey Feary & Nite Life」するもこの名義でのアルバムは結局これ1枚だけになってしまう・・・ブタ
が、「Mackey Feary&Nite Life」は、そんな彼らの魅力が詰まった1枚だ晴れ
年代的にシンセの音が気になり、ニューウェーブっぽい曲があるのもご愛嬌クマ
「Biggest Part Of Me」「Love Is On My Mind」などアコースティックでメロウ&アーバンなサウンドを堪能できる1枚なのであるドキドキ

「Stop Running From Love」は、アルバムのオープニングを飾るキラキラした1曲である。



う~ん、なんともトロピカルなハワイアン・ロックという感じがにじみ出る1曲であるキスマーク
マッキーのボーカルは、どこかソウルフルで乾いたフィーリングが魅力なのだが・・・
こういったロック色の強い曲にもバッチリ合うところは最高のAOR声であるウシシ

さて、この1枚も2000年にクールサウンドからCD化されている!
ワッショイ!かに座
ハワイにはまだまだ埋もれている名作AORが多いと思われるので、気軽に聴けるようになってもらいたいものだしっぽフリフリ

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