『おかえり。』
「ただいま…」
あの子に言えなかった。
それを引きずりながら、駅の向こうで待っていてくれた先生の車に乗り込む私。
『どうかしました?』
「ううん…別に…」
静かな車内。
本当に友達だと思うなら…
信頼しているのなら…
言えるはずだよね…
信頼してない?本当の友達じゃない?
ううん、そんなことない。
私は本気で…
だから…その…
「その時が来たら…」
『ん?』
「私…その時が来たら、あの子にも相葉にもちゃんと話したい…」
先生は笑ってた。
ワタシは今すぐだっていいですよって。
心の準備とタイミング。
ただそれだけだった。
今年の夏は楽しくなるはずだったの。
恋と友情。そして勉強も。
全部上手くやっていくつもりで、期待しかなかった。
『海?』
「うん、新しい水着買ったの♪見る?」
ある夏の日のこと。
先生の部屋で、買ったばかりの水着をショップの袋からガサゴソと取り出してみせる私。
「着てみようかなぁ♪くす(笑)」
『カナちゃんやる気満々ですね。フフ』
そんな風に笑っていた先生も、やっぱり私を心配してくれているみたいで…
『着いたら電話。』
「うん♪」
『変な人に着いていくんじゃありませんよ?』
「変な人って(笑)なんか先生みたい(笑)」
『はい?ワタシはずっと前から教師ですけど?フフ』
夏休みはこれからだもん。
私、友達と海なんて初めてだったから…すごく嬉しくて…
気温もぐんぐん上がっていい天気。
まさに絵に描いたような夏の開放的な景色。
‘なんか夏だねぇ~♪’
「ちょっと開放的な気分になってみたり?くすくす(笑)」
‘今日ばかりはカナちゃんも塾のことは忘れてね?フフ’
浮輪を付けて海の上にぷかぷか浮いて。
波に任せてただぼーっとして。
「たまにはいいねぇ~こういうの。」
嬉しかったの。
「うん。着いたよ。ん?うん。帰り?何時かな?うん。わかった。ありがと。じゃあまた後でね?」
さっき、先生から電話もあった。
さりげなく心配してくれてる先生の愛を感じたりして。
だけど…
「お腹空いたね?戻ろっか?」
笑顔で言ってみせるものの、先生の言葉を気にしている私がいた。
『なんか変わったことは?』
「ん?変わったこと?特にないよ?」
『そうですか。』
「心配しないでも大丈夫だよ?くす(笑)」
さっきの電話が気になって…
『何かあったらすぐ電話して?』
「ん?うん。」
先生の様子がいつもと少し違うと感じたのは気のせいだろうか?
「やっぱ焼きそばでしょう?」
‘やっぱカレーじゃない?’
「いやいや、焼きそばだよぉ。くす(笑)」
そんなことを言い合いながら砂浜で楽しくワイワイ…
「ねぇ…私目が悪くなったのかなぁ?」
‘ん?何で?’
「あそこに相葉が見える…」
先生の電話を気にするあまり、遊びに集中出来ていなかったのかな?
いるはずのない相葉の姿なんか見えちゃって。
今日は純粋に楽しもうって思ったのに。
友達と初めての海。
期待しかなかったのに…