あれは夏にしては肌寒かった雨の日の翌日、久しぶりに暑さを取り戻した日の出来事。
僕は電車に乗るため、駅まで猛烈にダッシュをして、ひどく汗をかいていた。汗をかいたといっても、僕は人と比べるとそこまで汗っかきではないので、ひどくはかいていなかったかもしれない。でも、とにかく暑かった。
ギリギリで電車に駆け込み、発車した。僕は電車に揺られ、バランスを取りながら、先頭車両へと向かった。
2車両目で、友達に出会った。大学の友達であり、芝居仲間である。
お互い目的は一緒で、お芝居を観るためだった。一緒に約束したとかではなく、たまたま同じ電車に乗り合わせた。
僕は一つ隣に座る。彼はアクエリアスを飲んでいた。
そういえば、起きてから何も口にしていない。久しぶりの暑さに参っていた。一口もらおうかと思ったが、一口では満足できないほど喉が渇いていた。多分、一口貰ったらもっと飲みたくなってしまうだろう。全部、飲むのは流石に申し訳ない。
僕はどうしようか迷っていた。目的地までは、後50分近くある。しかも乗り換えなしで一本。その間、ずっと電車に揺られていなければならない。
その時、僕はある作戦を思いついた。財布を手に取る。次の駅に着き、電車が止まった。
開くドア。目の前には自販機があった。
よし、きたチャンス!急いで、自販機の前まで行く。
そう、僕はこの電車がホームに止まっている間に、飲み物を買うという作戦を思いついたのだ。実は前からやってみたかったのだが、勇気が出なかった。しかし、今回は、友達がいる。一人じゃない(買いに行く時は1人)。気持ちも大きくなっていた。
小銭を入れている暇はない。PASMOでタッチして、ゴトンとペットボトルが落ちて、それを拾って任務終了だ。なんてことない。
だが、しかし、
PASMOのタッチする場所がない!
気持ちは焦っていた。爆弾処理班が、爆弾の爆発時間が差し迫った時と、同じ焦りかもしれない。
電車の発車音がした。
ヤバい!
僕は、踵を返した。手には、財布しか持っていない。
今回の任務は失敗した。
爆弾処理班だったら、次はないが、今回は、次の駅がある。大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。
友達になんで買わなかったのと問われると、タッチする場所がなかったと答える。
あるでと言われる。
ドアが閉まってから、自販機をもう一度よく見たら、PASMOのタッチする場所はしっかりあった。自分が思ってたよりも、少し下に位置していた。
ガッデム!
だが、自販機の構造は学んだ。次は間違えない。
僕は電車が次の駅に着くのを待つ。
喉はとっても渇いている。彼が持ってるアクエリアスを一口貰おうかと思ったが、いや、ガブガブと、しかもキンキンに冷えたのを飲みたかった。
そうこうしているうちに、次の駅に着いた。
さあ、来い!!!!
だがしかし、この駅には自販機はなかった。いや、正確に言うならば、自分が乗っている二車両目のドア付近には自販機は置いてなかった。
ガッデム!!!
僕は地団駄を踏んだ。
ああ、アクエリアスが飲みたい。いや、アクエリアスでなくてもいいから、なにか飲みたい。だってまだ起きてから、なにも口にしてないんだもの。
彼のをもらおうか。でも、ここまで行動しておいて、今更もらえない。
大人しく次の駅に着くのを待った。
そして、ついに、その時がきた!
電車が到着。なんと、自販機発見。よっしゃ、待ってたぜ!右手には財布。いつでもタッチできるぜ!
しかし、二車両目付近に自販機はあったのだが、自分の座っている席とはほんの少しだけ離れていた。僕はそのことに少し焦りを思いつつも、急いで電車から降りた。
自販機の前に立つ。よし、電車はまだ発車しない。
アクエリアスを発見。急いで、タッチ!
ピ!(アクエリアスのボタンを押す音)
ピ!(PASMOでタッチする音)
ゴトン!(アクエリアスが落ちる音)
すぐにアクエリアスを取り出す。
すると発信音が!
ヤバい!急いで戻れ!でも買えたぜ!やったぜ!
ダッシュで振り返った、その瞬間!!!
僕は、、、転んだ!!!!
思っきし転んだ!!!
ヤバい!計算外!!
発信音は鳴り止まない。
ヤバい!!
僕は急いで立ち上がる。そうか、水たまり、、そういえば昨日は雨だった。こいつのせいで俺は転んだ。よく見ていなかった。
しかし、そんな反省は後ですればいい!今はとにかくヤバい!これを逃したら、芝居に間に合わなくなる!いや、その前に、バッグとか全て電車の中!
ヤバい!間に合え!!
、、、、、、
間一髪、ギリギリ間に合った。
なんとか、助かった、、、
車両内には、あんまり他のお客さんはいなかったが、だが、視線をたくさん浴びたことは確かだった。
恥ずかしかった。
転ぶというのはとても恥ずかいことだ。
というより、電車のドアが開いている間に、飲み物を買おうというのが、非常識である。すごく反省している。もう二度としない。ごめんなさい。
自分の席に戻る。
パッケージがビリビリに破れ、ボコボコに凹んでいるアクエリアス。蓋を開けて、ぐびぐび飲んだが、思い描いていた爽快感は得られなかった。
左手は、擦りむいていて血が出ていた。絆創膏は持っていない。彼も持っていない。僕は、たまたま持っていたウェットティッシュ的なやつで血を拭った。とても染みる。
膝も痛い。脇腹も痛い。馬鹿なことをした。たった一本のペットボトルを巡って、この代償である。水分は補給されたが、鉄分は失ってしまった。
電車が目的地に到達した。僕らは電車を降りた。
友達が自分のアクエリアスを電車に忘れてしまったらしい。半分以上残して。
貰えばよかったなーとじんじんする左手をさすりながら、そんなことを思ったある暑い日の出来事だった。
おわり