昨日文学座の三人姉妹を観て、色々と考えさせられた。高校一年の時に山形県民会館で観た時は、ただただ面白くおかしく大笑いして観ていた。それぞれの人物の悩みや苦しみが滑稽に思えたのである。若さというのは残酷である。劇団民芸でイリーナ役をやっていた樫山文枝さんが男爵にプロポーズされた時、男爵に「一番問題なのあなたが私を愛してくれていないことだ」と言われたときに「それはしかたがないわ。私今まで人をあいしたことなんかないんですもの」と言った時、私は大笑いしたものだった。   今57歳で改めて観てみると、16歳では感じられなかった様々な台詞が心に響く。今でも三人姉妹のしんでしまった母親の面影を抱きしめて生きているようなようなドクトルの「自分は生きているのか死んでいるのか良く分からない」といったような絶望の薄暗がりを彷徨せざるような老年の心理状態などが他人事ではなく響いてきてしまった。 年老いて働けなくなってしまった使用人を首にしたいナターシャと亡くなるまでそばで介護してやりたいオーりガとの会話なども現代社会の問題そのものとして捉えられる。だからこそ、ナターシャは悪役としてではなく、普通の、今の日本にもいる現実的な女性として描いてもらいたいと思う。私はそう演じたかったが、そんなチャンスはあるのだろうか?本当にあっという間に時が経っていく。