真央の力になりたい | スイスの氷上席から

スイスの氷上席から

ハイジの国でフィギュアスケート三昧な日常

Inside Skatingさんに寄稿されたフィンランディア杯最新記事より。

浅田真央選手の今シーズンのプログラムの解説や、フィン杯演技について、

ライターフロレンティーナさんの愛が溢れまくっております。

 

※興味があれば内容把握程度の感覚でご覧ください。誤植ありましたらご容赦下さい。

※詳細はこちらの原文をご参照ください。お写真もお借りしています。<(_ _)>

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魅惑的でくせになる:今シーズンの浅田真央のプログラム

 

 

冒頭の数秒間はカメラのシャッター音だけが聞こえ、それからピアノ。羽のように軽くて黒いドレスがクルクル回り、貴方の気持ちをさらって行く。まるでアルフォンス・ミュシャのポスターかアールヌーボーの宝石のようで、影、ニュアンス、ディテールを伴った浅田真央の新しいショートプログラムは、一貫して最高傑作の叫びを上げている。これに匹敵するのは彼女の複雑なフリースケートだけだ。プログラムは二つともローリー・ニコールが振付けたマヌエル・デ・ファリャの『火祭りの踊り』で、前半のミステリアスな黒鳥と、後半の情熱的な若い女性。SPの最後のポーズがFPの最初のポーズになっていて、ふたつのプログラムが大胆で魅力的な氷上ストーリーとなり、このスポーツの芸術的な境界を押し上げると共に、浅田真央の能力や感性を最大限に際立たせている。

by Florentina Tone

 

試合での初披露となったショートプログラム直後のEspooでのプレスカンファレンスで、真央は小さな声と短い言葉で物語について簡単に説明した。「ショートとロングの両方のプログラムで同じ曲を使います。ショートでは、私は黒鳥で、ミステリアスな感じで、明日は若い女性に変わります。」違いはそれだけではない。ショートプログラムはマヌエル・デ・ファリャの『火祭りの踊り』のピアノバージョン、巨匠アルトゥール・ルービンシュタインの演奏によるもので、フリーは同じ作品のオーケストラバージョンを使う。どうやら真央はローリー・ニコールが提案した両方の曲が気に入り、ただ単にどちらか一つに決めることができなかったらしい。この最初の決断を見送ったことと真央の両バージョンへの情熱から、二つのパートからなるより大きな物語へと繋がった。最近ではデニス・テンだけがやったことがあるのだが、彼は2012―2013年シーズンのショートとフリーの両方に映画『アーティスト』の音楽を選び、振り付けも同じくローリー・ニコールだった。

 

 

Danza ritual del fuego (火祭りの踊り)
私達も浅田真央に賛成せざるを得ない。マヌエル・デ・ファリャの『火祭りの踊り』には疑いようのない中毒性があり、バレエ組曲『恋は魔術師』の中でも最も有名な楽章だ。もともと1915年に作曲されたこの作品はフラメンコ音楽に触発されており、パストーラ・インぺリオは20世紀初め頃によく知られ、高い評価を受けたフラメンコダンサーだ。パストーラは、1915年4月のマドリードのテアトロ・デ・ララでの初演でも、主演を務めて踊り、歌った。本物のジプシー民話の中にある『ヒタネリア』と名付けられたオリジナル版の作品で、その他のパートは一部後にカットされた。初演の翌日、マドリードのラ・トリビューナ紙は賛否両論のレビューを発表した。トマス・ボラス氏は、「変わった響きで、ごつごつした不協和音の音楽」としたが、別の観客にとっては、「楽譜の最初から最後まで、アンダルシア精神の豊かで熱い血が、美しい体の血管内かのように体を駆け巡った」のは疑う余地がなかった。その後の数年間で、マヌエル・デ・ファリャは複数回に渡って作品の改定を重ね、幾つかの主な踊りをオーケストラ組曲とピアノ用組曲にアレンジし、1925年パリで最終的なバレエ版を発表した。この作品が今日最も知られるアレンジとなっている。

 

『火祭りの踊り』は、言うならばバレエ全体の核であり、そのプロットは拍子抜けするほどシンプルだ。カンデーラという名のアンダルシアの女性ジプシーが新しい恋を見つけるが、亡くなった夫の亡霊に付きまとわれている。この亡霊を追い払うには魔術が必要で、夜中にジプシー全員でキャンプファイヤーを囲んで輪になり、カンデーラがミステリアスな儀式の踊りを踊る。亡霊は炎と踊りの後を追いかけ始め、しばらくすると、女性全員とクルクル回るドレスがぐんぐん回転スピードを上げる連れて、炎に引き込まれて永遠に姿を消す。今シーズンのロングプログラムで、浅田真央は炎のような刺繍が施された美しい赤いドレスに身を包み、若いアンダルシア人のカンデーラとなり、その魅惑的で誘惑するようなダンスで解放された自由を取り戻すことになるだろう。

 

 

今年の夏、日本での自身のショーで黒い大胆なショートプログラムを滑った後、浅田真央は、今年のフィンランディア杯が開催されるEspooで物語全体を明かす心構えだった。その為、フリースケート当日の彼女はいつもより緊張していたと、後にプレスカンファレンスで振り返った。「ロングプログラムを演技するのが初めてで、期待していたものにはならなかった。昨日のショートプログラムより今日の方が興奮して緊張していました。ショートプログラムは、ショーで前に滑ったこともありますし。次の試合はスケートアメリカです。ここで成功しなかったエレメンツを修正して、世界選手権までの試合でどんどん良くして行きたいです。」その前日、彼女はショートプログラムにもっと難度の高いジャンプを入れることを明言していた。彼女は間違いなく、自身のトレードマークであり、フィンランドではレパートリーに含まなかったトリプルアクセルを考えていた。

 

シニア競技でのデビューから11年。その間にオリンピック銀メダル、5つのワールドメダル、6つの四大陸メダル、23のグランプリメダルを獲得した浅田真央は、今も変わらず成長しようとしている。それ自体が彼女自身、彼女の精神を大いに物語っている。昨年、彼女はその点を見事にまとめた―――彼女はまだこの競技の氷上にいる。なぜなら“フィギュアスケートは彼女にとって必要不可欠”だと分かったから。浅田真央こそがスケートに必要不可欠なのに。素晴らしい他のスケーター達と同様に、カロリーナ・コストナーのように、テッサ・ヴァーチュ&スコット・モイアのように、試合や結果に関しては証明しなければならない事など何もないが、このスポーツに対する愛から今もこの場にいる人たち。年月と共に彼らのスケートは成熟度、鮮やかさを増し、洗練され、可能性にあふれた十代の頃には備えていなかった音楽への理解を深めている。氷上での彼らの存在は、フィギュアスケートを観る者すべてにとって恩恵であり、このプレオリンピックシーズンの最も重要なストーリーになるかも知れない。

 

バターのような腕から流れる出る音楽
浅田真央について言うと、この二つのプログラムは大当たりだったのかもしれない。せかせかする部分と静けさ、音楽の長い音と素早い反復進行の組み合わせに誰もが注意を引かれる。ショートプログラム最後の素晴らしいステップシーケンスは、フリーへの大きな期待を抱かせる。実際、真央の表現は年を重ねるごとにとても複雑ですごく滑らかになっていて、他のほとんどのスケーター達が初心者のように思えるほどだ。もちろん、一部に素晴らしい例外はあるのだが。どの動きひとつ取っても不自然だったり、ずれたりしていないし、無理やりな所も遮られた感じも全くない。ただひたすら音楽がバターのような腕からスムーズに流れてくる。もし彼女の贖いのフリースケートの瞬間を選ぶとしら―――心の中ではもうそれを緊張、嵐の前の静けさ、情熱的なダンスの3つに分けたのだが―――、私は2つめの部分、うっとりするようなバイオリンの調べと彼女の優しい滑りを選ぶだろう。彼女は指先までアーティストそのもので、真央の場合、単にそう例えられるというものではない。

 

スコアで言うと、フィンランディア杯での浅田真央はカナダのケイトリン・オズモンドに続く2位だった。理由は主に控えめなジャンプ構成によるものだが、彼女のコンポーネンツに関してはジャッジも同様に控えめだった。まだシーズン始めであり、プログラムの内容も全体的な雰囲気も時間を経て試合をこなす毎に良くなっていくだろう。しかし、この初期の段階であっても、コンポーネンツの全要素(スケーティング技術、繋ぎ、演技、構成、音楽の解釈)にあるジャッジが出した6点台のスコアは、完全に不自然だと思える。例えそうでなかったとしても、浅田真央のPCSはショートとフリー共に全選手の中で一番だったが、シーズンが進むにつれて上がるべきだという点に疑いの余地はない。そうでなければ、長年フィギュアスケートを観ている者だけが真央の芸術性、音楽やプログラムを支配する演技を理解し、評価し、称賛しているように思える。

 

ひとつ質問させてほしい。今から10年後、どのプログラムを繰り返し観るだろうか?私はもう自分のリスト(少なくともその一部)を作りました。アレクセイ・ヤグディンのウィンター。マリア・ブッテルスカヤのScenes d’Amour。オクサナ・グリシュク&エフゲニー・プラトフ組のメモリアル・レクイエム。ステファン・ランビエールのポエタ。マリナ・アニシナ&グエンダル・ペーゼナ組のフラメンコ。高橋大輔の道化師。テッサ・ヴァーチュ&スコット・モイア組のカルメン。浅田真央のノクターン。ナタリー・ペシャラ&ファビアン・ブルザ組のThe Little Prince and his rose。カロリーナ・コストナーのアヴェマリア。羽生結弦のバラード1番。ガブリエラ・パパダキス&ギヨーム・シゼロン組のピアノ協奏曲第23番。

 

浅田真央の火祭りの踊りは両バージョンとも、このリスト入りするだろう。いや、もう入っている。