関係を維持したい人とは? | エキスパートアイズのブログ

関係を維持したい人とは?

新しい年が始まりました。

あけましておめでとう。

おめでたいかどうかはわからないが、とりあえず言っておく。

 

正月休みが終わり、ようやく平常運転が始まり、嬉しいことが2つ。

 

年末いろいろな行事が立て続いてそのまま年末年始に突入し、ぶくぶく太ってしまったので、家で一人になれるようになり、やっとダイエット再開。おかげで体重はどんどん減っていき、腹回りもすっきり回復。あー、嬉しい。

以前使っていた体脂肪計が壊れたので、今は体組成計を使ってますが、これが目から鱗。

昔の体重計は単純に体重を測るだけだったので、身長に対して体重が重いか軽いかしか判断基準がなかった。そこに体脂肪計が登場し、脂肪率が出るようになり、体重が重くても体脂肪率がそれほどでもなければデブではないとなんとなくわかるようになった。そして現在の体組成計。BMIとか筋肉量とかが出て、もっと細かくデブかそうでないかがわかってきた。私は一般的な女性に比べ体重が多かったのですごく気にしていました。でもこの体組成計の登場で、実は体重の3分の2以上が筋肉であることがわかり、嬉しいことに体脂肪率も内臓脂肪も標準の範囲の低いほうに留まっていることがわかり、体重が重くてもデブではないことが証明されたわけです。

どうりで、体重の割りにそれほど太って見えなかったわけだ。

あー、気分いい!

 

そして、年末年始の奴隷扱いから解放され、ようやく自分一人の時間が復活。

やりたいこと、やらなければいけないことが、ようやく自由にできるようになりました。

本当に、年末年始や長期休暇は、結婚している女性にとっては生き地獄でした。

 

さて、毎年恒例になりましたが、年賀状の整理。

もういい加減出揃ったので、来年のために、友達・知り合い関係の見直しです。

SNSやネットでつながっている友人は、だいたい普段から連絡しあったり直接会ったりしているので、年賀状のやり取りがなくても普通に友人関係を続行。問題なのは、年賀状だけの友人・・・というか知り合いレベルですね。遠く離れていて普段からぜんぜん連絡もしていない人とは、今後また会う機会はほとんどゼロに近いんじゃないかと思うと、もう関係が切れてもいいかなと思うんだけど、そういう人に限って律儀に、しかもちゃんと1日に到着するように年賀状を送ってきてくれる。だから、なんとなく切れない。近くに住んでいてもぜんぜん会っていない人でも、やっぱり送ってきてくれる。じゃあ、その人と再会したいかというと、今さら会って何を話せばいいのか戸惑ってしまいそうで、会うことを躊躇してしまうのです。でも、数年前にもありましたが、10年以上ぶりに再会し、お互いを見つめなおすことができ、それからまた友人関係が深まったというケースも。それに、最近の私は、世界を駆け巡っているわけですので、日本の遠方なんてたかが知れている。要は会う気があるかないかというわけで、これだけ年賀状をやりとりしているんだから、やっぱり会ってみてもいいかな、なんて。

今年のひとつの目標に設定してみようかしら。

 

あ、もちろん切れてしまった人もいますよ。

一昨年あたりから少しずつ。

あれ、あの人から来なくなったな、と不思議に思ってしまう人ばかり。

中に一人、5年前のどん底を理解して一緒に寄り添ってくれた人だったが今年突然年賀状が来なくなって、これはさすがにちょっと寂しかった。でも、しょうがないよね。何か心境の変化でもあったのかもしれない。

ともかく、去るものは追わず、諸行無常。

永遠は続かないということで、バッサリ切り捨てましょう。

 

ところで、「今となっては、こんなに何もない私と、なぜみんな交流を維持してくれるのか?」と、いつも疑問に思っていたのですが、昨年秋に会った人が面白い回答をくれました。

 

その回答を披露する前に、少し。

一人自由な時間を持てたため、今日は久しぶりに古いビデオの整理をしていました。

「白い巨塔」

ああ、懐かしいですよね。

有名すぎて解説不要ですが、私が見たのは唐沢寿明さん演じる新しいほう。

医局の腐敗をテーマに金と権力に心を奪われる人たちの人間関係とそれによって切り捨てられ被害をこうむる弱者を見事に表現しています。

「金と権力」。

これですよね、人間の欲望。

今日見た第1回目からも、いきなり義父役の西田敏行さんがズバリと言っていた。

「人間というのは金ができると次に名誉(大学教授=権力)が欲しくなる。名誉があれば金と人は自然についてくる。だから誰もが名誉を欲しがるのだ」と。

西田さん、あまりにハマリ役すぎて、笑っちゃうほど。上手いですね。

って感心している場合じゃない。

まさに、世の中の90%の人たちが、金と権力に惑わされ、それにひれ伏しています。

それが世の常です。

だからサラリーマンは役職を欲しがるし、社長になれば政治家になりがたるし、政治家は大臣になりがたるし、公務員は上級官僚になって政治家をひれ伏したがるし、警察や検察や裁判所は権力をたてに無辜の国民を不当に裁こうとする。

みんな、お金も欲しいけど、権力さえあれば、怖いものはないと思っているのです。

そう思っているから、権力に楯突く人間が気に入らない。

そうして権力者は気に入らない人間を、何かと難癖をつけ、吊るし上げ、他の人たちが真似して楯突かないように見せしめとして叩き潰していくのです。

 

まあ、そうやって潰された私は、遅ればせながら「世の中そんなもんだろう」と理解したので、だからこそ、こんなに何もないどころか現時点でマイナス要素しかない私なのに、なぜ離れようとしないのか?が不思議でならなかったのでした。

それで、昨年秋に思い切って聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。

「私は今となっては、地位も権力もお金もなにも持たない生きる価値のないただのクズ人間なのに、なぜそんなに支援してくれるのか?」

「それは、君がおもしろいからだよ」

・・・

え?おもしろいから?

ビックリです。

そんな回答をくれる貴方こそ面白い人だ!

この人、ビジネスとしても大成功を収めて、いまや何億(何十億?)という資産を持ち続け、何不自由なく生活できる人です。かつてはそこそこの会社社長で海千山千やってきた人だから、当然、お金に対する感覚はシビアです。なので、私との関係を維持する理由は、きっと「今度は大成功をしてくれるだろう」という投資と期待の気持ちで接していたのだろうと思っていたのでした。

それが、ただ単に「おもしろいから」という回答には拍子抜けした。

 

突き抜けちゃった人というのは、こういう感覚なのだろうか。

 

ともかく、「私との関係を切らずにいる人たちは、どうせ、『今度はうまくやるだろう、成功するだろう』と期待しているだけで、それに答えない(答えられない)でいればそのうち離れていく人たちばかりだ。結局は『傷ついた彼女を支えてあげている』という自己満足と『彼女が復活したときに近くにいれば得をするかも』という計算があるだけさ」と冷めた目で見ていたので、あんな回答をもらって、肩の荷が下り、ずいぶん気が楽になりました。

 

世の中には、こういう物好きもいるんだな。

 

しかし、よく考えれば、私が心から人間関係を維持したいと思うときの基準はどうだったか?

そういえば、金や権力や地位なんかではなかった。

思いやりと誠実さではなかったか?

さすがに「おもしろい」という感覚は意識していなかったけど、人間的に味のある人はやっぱり面白くて好きだし。

いくら金や権力があっても、誠実さに欠ける人、強欲な人、思いやりのない人とは交流したいとも思わない。

先日もこういうことがありました。

一時的に田舎へ帰ることにしたので、その間に会ってくれる人を募集したら、ある仕事を引退した女性が「この日のランチはOK」とすぐに回答くれ予約までしてくれました。その後、半日ちがいで某中堅会社の社長が同じ日時を指定し「そこしか空いてない」と言って来たが、私は先約があり既に予約までしてくれていたので、社長の誘いを断りました。

これがゴマすり人間だったら、一介の引退女性と現役の有名社長を天秤にかけるまでもなく、当然女性に日時を変更してもらい、社長との会合を優先したでしょうね。

でも、私はそれがイヤです。

もし自分がそうされたらどう思うか?

「他の人から同じ日程で誘われたので、こっちの予定をずらしてもらえないかしら?」

なんて言われたら、当然、「ああ、私って大事に思われていないんだな」とすぐに気づきますよね。

そんな失礼なことはしたくない。

「先約があるから、他の日程だとダメか?」というのはマトモな返答。たとえ相手が大手企業の社長であろうが、政治家であろうが。もし、それで「私の誘いより先約を優先するなんて、失敬な!」と怒ってしまうようなら、社長だ政治家だなんて肩書きは立派でも、所詮その程度の小物だということです。

それぐらいに、私は「義」のある人間であり、また、「義」のある人が好きなのです。

 

ただ、世の中はそうではない。

常に「利害」「損得」を計算し、自分にとって有利なほうにつく。

西田敏行さんはドラマの中でこうも言っていた。

「腕だけで上に立てれば、世の中なにも難しいことはない。そこに人間関係が絡んでくるから難しいのであって、それを上手くかいくぐって上に立ってくれると思ったからこそ君を買ったのだ。君に投資をしているのだ」と。(実際のセリフと違うかもしれないけど、だいたいこんな意味)

すごいよねー。

ただのドラマなのに、世の中の生き様をズバリと言い当てている。

そうなのです。

腕の立つ人間や能力の高い人間、実力者、誠実な人、正直者、そういった人だけが上に立ってくれれば、世の中もっと慈愛に溢れ平和になっていたはず。

でもそうではなかった。

実際は、まったく逆で、常にこういう人たちが強欲な人間によって隅に追いやられ、無力化させられている。だから、世の中から「誠実さ」が消え去り、「正直者がバカを見る」世間となり、世渡り上手な人間だけが得をし、「金と権力を持つ人間が常に正しい」と思い違いさせられているのです。

そこには理念も理想もない。

あるのは「欲」だけ。

人間の汚い欲望だけ。

 

私の大嫌いな日本の首相は、またしても年頭から「日本は経済が何より大事」とぬかしていました。ああ、この人は、お金のことしか頭にないから、だから私はこの人が嫌いだし、軽蔑しているんだ、と再認識させられました。

 

私や、私を「おもしろい」と言った男性のような種類の人は、現代の世の中には非常に少ない絶滅危惧種だと思います。

でも、そういう人がいなければ、世の中は必ず崩壊する。絶対だと思う。

だからこそ、年賀状だけでも今でも続いている人とは、やっぱり会ってお互いを見つめなおしてみたいし、価値観がズレていればそこで終了させたっていいんだし、価値観があっていればめっけもんだし。

 

「思いやり」と「誠実さ」、そして「義理や道理」、そこに「おもしろさ」がプラスされた人間というのが、きっと今後もずっと私の判断基準であり続けることでしょう。

私の基準には「金」も「権力」も「地位」もない。

私が大切にしているのは、「心」だけです。

大人として甘いかもしれないが、でも、それが私という人間なのだから、仕方ないのです。

イヤなら離れてもらってけっこう。