SUPER / スーパー! | 冷やしえいがゾンビ

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めっきりノータッチですが、メインは映画に関する垂れ流し。

 DVDレンタルで『スーパー!』を見ました。ジェームス・ガン脚本・監督の低予算映画です。

 コスチュームを着てスーパーヒーローになったつもりの一般市民という奇異なキャラクターを主人公にした映画としては『キック・アス』がヒットしましたが、この『スーパー!』もまったく同じキャラ設定の作品なのです。

 ただし、キック・アスがピチピチで前途洋々なイケメン高校生を主人公にしているのに対し、スーパー!の主人公はブサイクなおっさんです。以下ネタバレ注意です。

[予告編へのリンク]

 このおっさん主人公フランク(レイン・ウィルソン)の抱える悲哀が序盤から立て続けに描かれ、フランクに近い立場のおっさんであるチルは一気に引き込まれました。福本伸行の漫画『最強伝説黒沢』のようなアプローチです。

 フランクは、己の人生における良い思い出は『美人な嫁(リヴ・タイラー)と結婚した瞬間』と『町でひったくりを目撃し、後から追いかけてきた警察官に逃げた方向を教えたらThanksと言われた瞬間』しか無い…と自嘲します。

 この監督すごい表現力ですね。こんな切ないキャラいませんよ! 仕事は寂れたダイナーの調理担当。要はバイトですよね。黒沢よりも不遇。

 そんな主人公がいかにしてスーパーヒーローへ傾倒していくのかが、キックアスよりも丁寧かつリアルかつテンポよく描かれていくのです。凡百の映画作家にできるものではありません。

 なりきりヒーローになったフランクはパトロール活動を始めるも失敗続きで、とてもそこに生き甲斐を見いだせるとは思えないのですが、ヒーロー化以前の無味乾燥な日々からの脱却には成功。

 しかし彼の活躍はメディアに変質的な通り魔として扱われます。実際にフランク改めクリムゾンボルトがやっている行為の中身は、些細なマナー違反への過剰な暴力による制裁。理解はされません。

 キックアスでは、キックアスの存在が世間に知られた瞬間にヒーローとして歓迎されましたが、クリムゾンボルトは誰から称賛を受けるでもなく、それでも己の使命天命に従ってヴィジランティズム(自警主義)を貫く。

 中盤の山場において、クリムゾンボルトは拳銃で撃たれて負傷。コスチューム着たままだし病院に行くと自分の善行(むしろ悪行)が彼の仕業だとバレてしまう。

 そこで頼る相手は、フランクがクリムゾンボルトではないかと怪しんでいたコミック店の店員リビー(エレン・ペイジ)。彼女が引っ越し記念パーティしてるところに、コスチュームを隠すため黒いごみ袋を全身にまとった状態で登場。このフランクのセンスも黒沢っぽいし、こういう笑いの作り方も福本伸行っぽい! 最高ですね。

 しかし銃撃で負ったダメージは決して笑いで誤魔化さず、「彼にはそうするしかなかった」と思わせる説得力があります。

 リビーは自らもヒーローになりたがり、秘密を共有することになったフランクは仕方なく彼女をサイドキック(相棒)に引き入れることに。この決断がフランクの運命を大きく変えていきます。

 終盤、クリムゾンボルトと相棒ボルティーは因縁の相手との対決に挑みます。必勝を期して充実した装備(攻めも守りも)で臨む2人でしたが…

 ボルティーはマフィアの銃撃を頭部に受けて即死! 「防弾ベストが重いよー」などと言ってる描写を入れておきながらの、即死です。銃で撃たれたらほぼ死ぬ、という当たり前の現実をフィクション映画というカテゴリにぶちこんでくるジェームズ・ガンの作家性にすごく驚かされました。

 相棒を失ったクリムゾンボルトですが、おっさんならではの執念を胸に目的を達成します。このクライマックスの描き方はそれほど飛躍しているわけではありません。

 エンディングとしてフランクの「その後」が描かれるのですが、命がけで救出した妻が自分と離婚して別の男と結ばれて子宝に恵まれて幸せになっていく…という展開がフランク自身のモノローグで超あっさりと語られていくのです。この結末には呆然としてしまいました。

 そして最後には、元妻の子供たちがフランクに贈った子供らしい絵、さらには自分が描いたであろう「良い思い出」を記録した絵で埋め尽くされた自宅の壁の前で幸せそうなフランクの姿でこの映画は幕を閉じます。

 こんな価値観を提示できる映画が現代に存在していることが信じられません!

 つまりフランクは天啓を受けてヒーロー活動に身を投じ、結果としてマフィアに奪われた妻を取り戻したのですが、実のところは天啓(ただの思いこみ)を受けた瞬間に新しい人間として生まれ変わったんだと思うんですよね。意識変革を果たした瞬間、彼に見えていた景色が一変していた。でもそれに気付くのに時間がかかった。

 ヒーロー活動を辞めて妻を失ったフランクは、名声や愛情の代わりになるような価値=新しい自意識を手に入れたのです。他者から見たフランクは妻に逃げられた惨めな中年男ですが、生死の境を乗り越えてきた彼の目に映る景色は鮮やかな色合いを湛えています。映画全体を見守ってきた観客であれば、フランクの事を愛おしい人物だと感じるはずです。

 奮起しろ! 人生を変えろ! というありきたりなメッセージではなく、意識の持ち方次第で幸福のボーダーは変えられるんだというシンプルで慎ましい激励をこの映画全体から感じました。

 レンタルして1回しか見られなかったので、もう何度か見たいところです。

 俳優陣ではエレン・ペイジがどうしても気になりました。良い意味で。必要性の薄いセックスシーンを2度もやらされるところに、同性愛者である彼女の抱える悲哀を感じてしまいました。ゲイであることをカミングアウトしたペイジさんなので、さらなるハマリ役に出会ってほしいなあと思います。

 主役を演じたレイン・ウィルソンさんは改めてググってみるとそんなにブサイクじゃないです。失礼しました。出演キャリアを見てみると『Hesher(邦題メタルヘッド)』に出てる! 気弱なお父さん役の人だ! メタルヘッド、ものすごく好きな作品なのでスーパー!と共にオススメです。アメリカ低予算映画の傑作ですよ。