子育て支援をつづけること。
私が子育て支援を続けていて嬉しいことは、赤ちゃんの笑顔を見ることができたり、お母さんたちが喜んでくださることなのですが、何より幸せだなと感じることがあります。
子育て支援のお仲間に出会うことができて、その方々の想いを知るときにとても幸せを感じます。
「あゝ、こんなにたくさんの方々のあたたかい想いに支えられて子どもたちは育っていくんだな。未来は明るいなぁ。」と感じるからです。
子どもたちの幸せそうな笑顔には、周りの人を幸せにする力があります。
悲しみから流す涙には、大人たちに
「子どもを二度と悲しませたくない。」という強い思いを引き起こさせ、行動させる力があります。
子どもの存在って本当に天からのお使いのよう。
感情をそのままに素直に表現することは、すばらしい価値のあることなんです。
このお仕事を続ける中で、嬉しさも、悲しみも、怒りも、全てが価値のあることと思えるようになりました。
子育ての大切な時期に、私は一時、無関心・無感動・無価値観と失望の闇の中にいました。
何のために生きているのか、何のために子どもを授かったのか、なぜこんなに苦しんで子育てをしているのか?
二人目なのに、助産師なのに。いい大人なのに。。。
分らないことがつらく、子どもを義務感で世話していることが苦しく、
『こうやって追いつめられると虐待に走ってしまうんだ。このままではわたしもそうなってしまう。』
と不安と怖れでいっぱいでした。
「虐待する人の気持ちがわかってしまった。。。」
と、自分にその可能性があると気づいてからは、気持ちは常に牢屋の中でした。
「通報されたらどうしよう。。。」
「いっそ、通報されたい。助けてほしい。」
周りで見守る、私の家族もつらかっただろうと思います。
ハードな仕事を任されて疲労していた主人にとっても、本当に悩ましいことだったと思います。
望んで授かった二人の子どもなのに、妻がおかしなことになっている。
あの時は本当にごめんなさい。
自力ではどうすることもできなかった。
助けを求めるということも、知らなかったから。
そんな時期を過ごしたから、今の私がいます。
つらい時期を抜けて、ギリギリの線を渡った先には、子どもからのたくさんの愛情をこめた労りと慈しみのプレゼントが届きました。
頭をなでてくれたり、大好きだよといってくれたり、お手紙を書いてくれたり、とびきりの笑顔を見せてくれたり。
へそ曲がりで偉そうな私の性格だから、はじめから「ママ、好き好き大好き」といってよい子にしていたら、「子育てはちょろい」と思って、「悩んでるお母さんって駄目ね」なんていう上から目線の嫌なヤツになっていたはず。
自分に「寝ない・飲めない・泣き止まない」、というハードな日々を課して、お母さんに試練を与えて、
母が悩んで苦しんでのりきったあとに、「これでもか」とご褒美をくれるなんて。
今、子育てがつらいと感じているお母さんたちに言えることは、あなたは悪くない。ご主人も悪くない。
泣き止まず、手がかかり、自分を苦しめるために生まれてきたの?と思えるような子どもとの日々を過ごしていたとしても、子どもは悪くない。
子どもはお母さんへの信頼と愛情しかないんです。
わが子の姿を見て、「子どもは本当にお母さんを選んで、お母さんのために生まれてきてくれる。」と感じています。
そして、どの子も、「お母さんを幸せにする」というミッションを果たして、次の課題に進んでいくんだなぁ、と思っています。
恥ずかしい告白をしてしましたが…。
「子どもってそうなの?」
と感じた方は、ぜひこちらの映画を観に来てくださいね
子どもたちが語ってくれています。
がんばってるお母さんが楽しめる親子イベントを同じ会場で開催しますので、こちらもぜひ
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⬇︎
こくちーず
https://www.kokuchpro.com/admin/e-5aa837ce22109069dc1629323fe49975/d-296217/
改めて
子育て支援を続けることは。
自分が幸せになりながら、幸せなお母さんと子どもでいっぱいの地域をつくる。
という自分のミッションにむかうこと。