ディッキー・ジェームズへのインタビューの続きです。
【1/3】はコチラから

Q. 作品が呼び起こす原始的な感覚、<生>の感情、自由について語ってくれました。一般的に演劇は知覚を超越すると考えますか?
DJ: 恐らく一般的には、すべての物事は知覚を超越していると思う。しかし、私は概念的なアーティストでなければ、知性的なアーティストでもない。私たちが行うのは<生>ということ。どこを目指しているか、私たちにも明確ではないが、やりたいことをしている。そして楽しんでいて、さらに人々がショーを好きになり楽しんでくれることが喜びなんだ。

Q. 皆が画面を覗き込むこの時代で、劇場の重要性は何でしょうか?
DJ: 劇場は人生だ。人々は劇場に来て、演者たちもそこに同時にいなくてはならない。私たちは極端な方法でそのアイデアを行うんだ。ショーで起こる全てが現実で、ただの小道具や見世物の為のものはない。ショーで使う全てが、演技の一部だから。観客もまた、演技の一部を担ってくれる。私たちが椅子や舞台が嫌いなのはそういった理由なんだ。位置が固定されたカメラで映画を撮るのではなく、私たちはカメラ自体を動かしたい。観客の視点を常に動かし、演技を空間全体を使って動かしたい。街頭演劇が私たちにとって重要なのはそういった理由だ。街頭で人々の注目を集めることは大きなチャレンジだと思う。だからこそ、このショーのコンセプトなんだ。スクリーンを観るのとは全くの別物だよ。

Q. コンセプトを固め、完成するまでにどれくらいかかりましたか?
DJ: 3年かかったよ!まず倉庫にパフォーマーとテクニカル・スタッフを集めて取り掛かったんだ。そしてショーの断片を観客に見せ始めた。私たちは小規模の劇場で観客がどんな反応をするか、はじめの2年で理解する必要があった。3年目の途中に私たちは全てを繋ぎ合わせ、最終的な流れを作った。これはテクニカル・スタッフにとって最も挑戦しがいのある作業だったと思うよ。私たちが欲しいリズムで巨大なセットを配置し、そして捌けさせなくてはならないのだから。こうしてブエノスアイレスでのショーをその年に開幕させ、4年目にこの初期のショーは閉幕した。
現在、私たちはいくつかの新しい場面をショーに加えているんだ。全く別のショーを新たに作るのではなく、まるでロックバンドが新しい曲を作ってコンサートツアーに組み込むように、ブラッシュアップするやり方をとっているんだ。

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【3/3】へ続く