當麻寺練供養会式 | ゆだぽんの♬虹色オーラ♬ブログ

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お寺や神社巡りで感じた事や、不思議な話・オーラについて…などなど書いています。

二上山を下山した後は、ひたすらテクテクと歩きこちらの寺院へ✨




『二上山 當麻寺』

真言宗・浄土宗寺院

ご本尊 当麻曼荼羅

創建 伝・推古天皇20年(612)

開基 伝・麻呂古王


西方極楽浄土の様子を表した当麻曼荼羅と

曼荼羅にまつわる中将姫伝説

で知られる古寺です


数年前に席先生がテレビの歴史番組に

出演された際、當麻寺で藤井フミヤさんと

共演されているんですよ♪





奈良盆地の西端に位置する二上山は、雄岳・雌岳の2つの頂上を持ち、2つの峰の中間に夕陽が沈むことから、西方極楽浄土の入口、死者の魂がおもむく先である、と考えられていました。


ご本尊の当麻曼荼羅は、奈良時代に藤原家の郎女「中将姫」が、写経の功徳によって目の当たりにした極楽浄土の光景を一晩で蓮糸で織りあげ、壮大に表したものです。






境内には長い架け橋が渡され、とてもたくさんの人がいます。この日(4/14)は『當麻寺練供養会式(練供養)』という法会が執り行われる日。


當麻寺練供養会式とは、極楽浄土から二十五菩薩に扮した人たちが娑婆堂に進み、中将姫を蓮台に乗せて浄土へ導く来迎引接のさまを演劇的に表した古い宗教行事です。


狙ったわけではなく、たまたま4月14日に二上山登山が計画されていたようなのですか、関先生が「登山の後、練供養が見れるかも」とおっしゃって、その通り実現いたしました。





いよいよ練供養がはじまります。


中将姫は藤原鎌足の曾孫にあたる豊成卿の娘として誕生しました。豊成卿と妻の紫の前は子宝に恵まれず、初瀬の寺で祈願したところ観音菩薩が現れ、2人の子どもを三千世界中探したが見つからない、夫婦のうち一方の寿命と引き換えになら子どもを授けることができるといいました。夫婦はそれでも良い、との意志を伝え、ほどなく授かった子が中将姫です。


姫が3歳の時に夫婦のどちらかが命を落とすはずでしたがその気配はなく、姫は白狐から授かった1巻の御経を拝みながら過ごします。姫が5歳の頃、母親が、約束の時期を過ぎても夫婦が命を落とさずにいることを誹謗したことで罰を受け亡くなってしまいます。


姫が7歳の頃、豊成卿は姫の継母となる照夜の前を迎えましたが、照夜の前は姫を強く恨み、ついには姫の殺害を企てるようになりました。てすが殺害を命じられた嘉藤太は姫をひばり山に匿います。


姫が15歳の頃、ひばり山で父と再会し、姫は屋敷に戻りますが、この事を聞いた照夜の前は妻の意識から身を投げて亡くなってしまいました。その一年後に姫は出家し當麻寺は向かい「中将法如」という名前を授かります。中将法如は称讃浄土経一千巻を書写し、さらに當麻寺のご本尊となる当麻曼荼羅を織りあげました。この時に阿弥陀如来が現れ、13年後に迎えに来ると伝えました。


中将法如が29歳の春、弥生の満月の日に約束通り阿弥陀如来と二十五菩薩が来迎し、中将法如は極楽浄土へと旅立ったといわれています。この時の模様を再現したのが練供養会式で、中将姫の命日に近い4月14日に當麻寺で毎年開催されています。





なんと可愛らしい稚児行列ですね💖





これから中将姫をお迎えに行くところです。





稚児に続き二十五菩薩もお迎えに進みます。





お面かぶりしている方々はまわりが見えず危険なので、付き添われて歩きます。





迎えに行き

そして

戻ってきます。








蓮台の上に中将姫が乗っています🪷

ここが一番感動いたしました💕



☆當麻寺中之坊



☆鐘楼



☆當麻寺三重塔



當麻寺には創建時からの2基の三重塔(東塔・西塔)が現存しています。古代の東西両塔が残されているのは全国で當麻寺だけとなっています。


写真は西塔です。




當麻寺へは初めて訪れたのですが、いきなりスゴイものを見ちゃったなぁ、と大興奮乙女のトキメキ


とにかく感動の連続でしたチョコ





こちらの写真、古代史のお仲間さんからいただいたのですがカッコいいですよね🩷


次回は何も行事がない時にお伺いして、當麻寺のそのままの雰囲気を感じてみたいです♡







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