お疲れ様です!

今回は、2024年度関東インカレの結果及び、5月の記録会の結果になります!


2024年度関東インカレ結果


【男子800m】

予選1組

小田嶋 1'55"79 組5着




【5月記録会結果】

5/3国士舘大学記録会

【男子10000m】

阿部 33'53"13 PB☆箱根駅伝予選会標準記録突破‼︎


5/7第14回スプリングトライアル

【男子1500m】

河村 4'10"35 PB

秋元 4'21"43 PB


5/19第228回東海大学長距離競技会

男子5000m】

秋元 16'16"50 PB


女子1500m】

鈴木 4'50"56 PB

中村(葉) 5'36"04


5/25第2回世田谷陸上競技会

男子10000m

矢沢 32'50"15 初レース!PB☆箱根駅伝予選会標準記録突破‼︎

阿部 33'57"15

秋元 DNF


たくさんの応援ありがとうございます!

今後も何卒、応援よろしくお願い致します!



お疲れ様です。

新四大学戦の結果及び、4月の記録会の結果について更新させていただきます。



第34回新四大学対校戦結果


対校男子100m

高橋 11"37

青木 11"49


対校男子200m

大嶌 23"86


対校男子400m

徳山 53"33

福田 54"01


対校男子1500m

齋藤 4'07"34

小田嶋 4'18"01


対校男子5000m

井坂 15'57"13

黒沢(侑)  16'44"24


対校男子4×100mR

中川-青木-大嶌-高橋 

44"85


対校男子4×400mR

福田-小田嶋-徳山-青木

3分38秒20


対校男子走高跳

渡辺 1m60

河村(知)  1m30


対校男子走幅跳

青木 6m04

渡辺 5m99


対校男子砲丸投

田邉 7m70

中川 7m01


対校男子円盤投

田邉 19m90

平岡 18m84


対校男子やり投

渡辺 25m22


対校女子100m

福田 13"71

本吉 15"12


対校女子800m

鈴木 2分25秒07

萩野 2分34秒76


対校女子4×100mR

本吉-中村-鈴木-宮前 58秒18


対校女子走幅跳

福田 4m06


オープン種目


男子100m

大嶌 11"54


男子400m

柴垣 56"91


男子1500m

草本 4'27"37

山口 5'05"45


男子10000m

秋元 33'47"22

黒沢(航)  34'16"56

阿部 34'18"49

駒野 37'41"61

京野 38'00"18


女子800m

宮前 2分40秒83

中村(葉)  2分51秒42



4月記録会結果


第112回 平成国際大学長距離競技会4/28

【男子800m】

小田嶋 1'58.18

【男子1500m】

河村(東) 4'15.16 PB

【女子800m】

宮前  2'31.06 PB

荻野  2'34.91

【女子1500m】

鈴木  4'53.15 PB

中村(葉)③ 5'42.31




今後は月末に、その月の記録会や、対抗戦の結果をTwitterなどだけではなく、ブログの方でも更新していきたいと思いますので、よろしくお願い致します!


沢山の応援ありがとうございました!


お疲れ様です。

4/6()に開催される【第34回新四大学対校戦】についてお知らせ致します。



10:00〜競技開始

16:00〜閉会式


【男子トラック種目】


10:00〜対校男子4×100mR

青木-高橋-徳山-宮本-中井-大嶌


11:20〜対校男子200m

中井、大嶌


12:20〜対校男子1500m

小田嶋、齋藤


13:00〜対校男子400m

徳山、福田


13:40〜対校男子100m

高橋、青木


14:40〜対校男子4×400mR

小田嶋-齋藤-徳山-中井-大嶌-福田


14:10〜対校男子5000m

黒沢()、井坂


【男子フィールド種目】


10:10〜対校男子やり投

渡辺、中村


11:00〜対校男子走幅跳

青木、渡辺


12:30〜対抗男子円盤投

田邉、平岡


13:10〜対校男子走高跳

渡辺、河村()


14:10〜対校男子砲丸投

中川、田邉


【女子トラック種目】


10:00〜対校女子4×100mR

本吉-宮前-中村()-中村()


11:40〜対校女子800m

鈴木、萩野


13:20〜対校女子100m

福田、本吉


【女子フィールド種目】


11:00〜対校女子走幅跳

福田


応援、よろしくお願い致します!

こんにちは、主将を務めていた村山です。

 

まずは先日の素敵な四送会をありがとうございました。改めて、陸上競技部に入ってよかったなと思えました。

 

自分ごとではありますが、陸上とは小学3年生からの付き合いで大体14年ほどやってきました。正直こんなに長くやっていたことにかなり衝撃を受けています。しかし、14年間陸上競技を続けていたにしては陸上に対する情熱は少ない方だったのかなと思います。実際、大学の主将とは思えないほどダラダラとしており、今思うととてもお恥ずかしい限りです。

 

ただ、大学4年生の関東インカレでは走高跳で何とか3位に入賞することができました。今まで頼りない先輩でしたが最後に後輩達に大きい後ろ姿を見せることができたのではないか思っています。

 

練習嫌いな私がここまで陸上をやり続けることができ、記録を残せたのは、何事にも「楽しく」取り組んでいたからではないかなと考えています。正直厳しくて辛い練習を楽しいと思えたことはありませんでした。辛いものは辛い。ですが、私にはチームメイトがいてみんなと一緒に練習を楽しくできたから今の自分が居るのだと思います。

 

私は14年間続けてきた陸上競技でいろいろなことを学んできましたが、周りの人の支えの大切さを学べたことが一番の宝だと思っています。先輩、後輩、同期そして、顧問やOBOGの皆様に支えられてここまで来れました。ありがとうございました!

 

また逢う日まで、さようならは言わないぜ、arrivederci(さようなら)。

副将を務めました國松士です。務めたと偉そうに言ってもそこに鎮座していただけなのですが… 

 

 後輩から色紙をもらい目を通していると目から何かがこぼれてきそうです。レッドブルでしょうか。慣れないながらも4送会を企画してくれてありがとうございました。頼もしい後輩たちです、今後もいい報告を期待しています。 

 

 私はこちらでは私の競技生活について書かせていただきます。 

 早いもので小学校4年生から続けてきた陸上競技も何かに所属してという形では終わりも迎えました。思えば陸上競技には多くを教えてもらったと思っています。中学時代は与えられた練習に一生懸命に取り組むという選手でした。結果もついてきましたし個人的には満足しています。しかし中学後半から高校時代にかけては私にとっての陸上競技は何だったのかと疑うような日々だったように今となっては評価しています。与えられた練習はこなせてもついてこない結果、それでも自分を信じて任せてくれるチームメイトや支えてくれる家族に対しては結果で恩返しができない苦しさ。しかもその理由は分からない。一番苦しかったなと思います。正直大学で陸上競技をやるつもりはなかったです。それでも陸上部に入った理由はやはり、箱根駅伝の予選会でした。どこかで頑張っている姿を家族に見せたいという思いが強かったです。 

 そんな思いで入部した陸上競技部でしたが、今まで自分が競技を続けてきた環境とはすべてが違っていました。練習はほぼ自分で考える。出る試合を選ぶのも自分。正直戸惑いました。1年生の時は箱根予選会に向け走りましたが1年の冬に標準記録を切ってから、もういいやと思ってしまって2年生の時は全く部活動に参加していませんでした。後輩からは所属しているけど来ない先輩だと思われていたようで今でも聞くとよくそう答えられます。本当にモチベーションがなかったです。自分が走ってもチームの標準記録保持者が増えないと箱根予選会には出られないというところが原因なのかなと思います。システムに文句を言っても仕方ありませんが。また反対に言えば自分には目標がなかったんだなと思います。野心というか。練習をしていって強くなっていく過程が好きだっただけで結果への執着が足りないのだと思います。今になっては。 

 そんな私が変わったのは意外かもしれませんが趣味の格闘ゲームに真剣に取り組むようになったことがきっかけでした。昔から弟と遊ぶときに2人でできるゲームが好きでやっていたのですがコロナ禍で外出できないこともあり再開していました。その中で対戦ゲームですので人と戦ったら優劣がつくわけで。勝ちたい。もっとうまくなりたいと思うようになりました。そしてそれは陸上競技でも当てはまるのではないかと考えるようになりました。「どう走りたいのか。」そう考えるようになりました。良い結果が出ればいいと漠然と考えていた時は完璧を目指して無理なことを計画して自分から自滅していっていたように感じます。勝たなければ、結果を残さなければいけない、そうありたい。そのためには何をすればよいのか考えました。その結果大学3年時は自分の陸上人生の中で最も楽しく、そして結果がついてきたものになりました。本当に楽しかったです。最後が無理がたたって肉離れなのが痛かったですが。(激痛) 

 4年目は肉離れの残滓がなかなか治らず思うように走れない中、長距離チーフとして務めた1年でした。もっと自分が走れていればと不甲斐ない思いをしたことも何度もありました。しかしそんな姿を後輩に見せていてもと思いなるたけ明るく振舞ったつもりです。結果としては予選会に出場することはできず、応援されている皆様におかれましては今年も良い報告ができずに申し訳ありませんでした。しかし後輩たちが育っていく姿を見ることができたのも事実です。彼らならば来年度立川に戻ってきてくれることでしょう。微力ながら私も支えていきたいと思っています。 

 そんな4年間でした。競技として陸上競技に取り組むことはもうしません。これからは趣味として過去の自分を超えることを楽しみたいと思っています。今までありがとうございました。 

 

主務および中距離パートチーフを昨年度担当した相原秀至です。

種目は400m,800mでした。

 

まずこの部活を1年生の冬から3年間と少しの間、最後のブログを書くところまで続けることができ、安堵しているとともに、関わってくれた人たちに感謝しています。

特に中距離パートを作ってくれた松浦さん、私の1つ前の主務である杉野さん、中距離でたくさんお世話になった遠藤さん、一緒に練習をしてくださった丸山さん、中距離パートチーフの仕事を後半はほとんど任せてしまった小田嶋や中條さんには、本当に感謝してもしきれません。

また同期では、村山や岩澤、秋山たちの支えが、3年生の忙しかった1年間を充実させてくれたと思います。

みなさんのおかげで私は部活を最後まで続けることができました。ありがとうございました。

 

次に私は歴代でも屈指の苦労した主務であると思っています。私自身の苦労話をすると大変長くなりますので簡単にしますが、大学3年次は70単位以上を取りつつ、バイトやボランティア、母校のコーチなどに加えて主務とパートチーフを1年間頑張ることができたことは、今の私にとって大きな学びなったと実感しています。その中で非常に重要であると学んだことは多くありますが、中でも準備の大切さと感謝の気持ちの大切さを痛感しました。

今後主務になる人たちは、私のような思いをしないようにしていただきたいと思っています。確かに大変であった経験をさせていただけたことは財産になっています。しかし失敗を大きな失敗にしないために、事前に役割分担をもっと細かく設けておくことや、合宿や大会運営を行う際のルールを周知することなど、もっと事前に準備することができたと強く思っています。常に失敗を想定して動くことは、集団で動く際の鉄則であるので、今後は陸上競技部として最大限失敗を考慮して動くようにしていただきたいと願っています。

そして見えない部分の仕事を多くこなしてことで、そうした仕事をこなす人に対して常に感謝の気持ちを持つことが大切であると学びました。マネージャーさんたちの役割や、副務や会計の役割を全て把握することは私もしていません。しかし少なくとも見えている部分や助けてもらった際には、感謝の言葉をかけられる部活になっていってほしいです。

少なくとも私たちの代ではこれらのことが反省として挙げられますので、今後の陸上競技部が変わっていくことを切に願っております。また大変そうにしている人がいたら、ぜひ助けて挙げられる余裕を持った人になっていってください。そうしてもらえると、きっとよりよい部活になると思っています。

 

最後になりますが、10年間大した記録を残すことはできませんでしたが、陸上競技をすることができて本当に良かったと思っています。関わってくださった全ての人に感謝しつつ、終わりにさせていただきます。

今後の陸上競技部の益々の発展と、部員のみなさんの活躍を祈念しております。

会計を担当した岩澤です。

種目は短距離100mでした。


まずは、陸上部として活動できたこと、そして支えてくださったobや先輩後輩同期にこの場を借りて感謝したいと思います。本当にありがとうございました。


私たちの代は、コロナ禍の影響で2年生になってようやく練習が再開されました。私も2年の7月に陸上に復帰し、初めは高校の時のタイムより遅くて少し情けない気持ちになったのを覚えています。そこから、限られた練習時間、環境で如何に効率よくタイムを伸ばすのにはどうすれば良いのか?その事だけを考えて練習してきました。


今になって思うことはなぜもっと情熱を注がなかったのかその一点です。効率を求めるあまり基礎練習を怠っていた、そのように思います。


後輩たちに伝えれる事は泥臭く練習すること、監督が居なくても自分のハードルを下げないことです。後輩たちが悔いのない陸上生活を終えられることを切に願います。


こんばんわ、茅根です
 

先日は四送会を企画して頂いて、ありがとうございました。
2週間経った今でも、貰った色紙を隙あらば見返しては、幸せに浸っています。

チームのみんなには、色々な場所で仲良くしてもらって、色々な場所で助けてもらって、いつも優しくしてもらって、本当に感謝しかありません。



さて、引退ブログということですが、ネタがありません。

御高説の類は他の4年生の担当だと思うので、貰った色紙でも見返しながら、みんなとの思い出をつらつらと書いていくことにしましょう。

パート・学年関係なく、沢山ご飯(というか飲み)に行きましたね。たいした用も無い癖に、何かと理由を付けて連れていかれたり、連れていったりした記憶があります。

誰かさんの家に入り浸っては、よく美味しい手料理を振舞ってもらいました。渋谷でBBQしたり、日本酒フェスで乾杯したり、上野で昼飲みしたり、あとは、新宿のもつ鍋屋とか、池袋のおでん屋さんとか、永福町の餃子屋とか、豊洲市場とか、あとは、シュラスコだの、牡蠣だの、家系ラーメンだの、どれもこれも楽しかったですね。



あと、やっぱり合宿関係は外せない思い出です。

今年は念願の菅平に(4年生が3名混入して)行くことができました。サニアでの練習はキツかった思い出しかないですが、それでも、隙あらばずっと笑っていて、練習以外ではずっと笑顔で過ごしていた一週間でした。ラストイヤーで参加できて本当に良かったです。

長距離の妙高は笹ヶ峰(と食事の量)がひたすらキツかったですね。一週間はしゃぎながら、それでいてみんなで真剣に練習に取り組んでいた時間は本当に楽しかったです。

一年越しにみんなでリベンジを果たした野尻湖は、本当に最高の景色でしたね。二度と走りません。

妙高のLINEアルバムは今でも見返してしまいます。もう川とか滝とか行ったり、花火したり、湖に入ったりしないと思うと、中々寂しいものですね。

あと、件のVlogの冬合宿に帯同できなかったことは大変心残りです。




競技面の話だと、やっぱり沢山対抗戦に起用してもらったことは良い思い出です。


いいレースも、目も当てられないレースもありましたが、みんなに応援してもらった時間は、本当に最高の瞬間でした。


あとは、駅伝で沢山襷を繋いだこともいい思い出です。

八王子での激戦?とか、先輩と繋ぎ切って入賞した武相とかが思い出深いですが、なんやかんや3回も走らせてもらった奥多摩には愛着があります。国立のリレーマラソンなんても楽しかったですね。

他にも、3.4年目には福岡まで遠征をして、日本選手権クロカンなんてのに出場させてもらいました。まがりなりにも、日本トップクラスの選手と同じ舞台を走れたことは貴重な経験でしたし、着いて来てくれた後輩たちと食べた博多ラーメンは過去一幸せ近かったです。

他にも、ここでは書ききれないくらいたくさんの思い出があります。

でも、社会人を目前にして、なんやかんや恋しいのは、練習前に他愛もない話をしていたり、喋りながらJogしたりする些細な日常かもしれませんね。



色々な人と仲良くさせてもらって、本当に楽しい4年間でした。

PBを出せずに苦しんだ時期もありましたが、それでも笑っていられる時間の方が長かったのは、みんなのお陰です。

競技面では、インカレで入賞したり、10秒台を出したりと、力のある選手が多かった世代なので、目立つ成績は残せなかったと思います。

それでも、大好きなセンゴで何度もベストを更新できたり、5000でも高校時代から1分近くタイムを縮められたり、苦手だった10000mでやっと標準を切れたりしたときは、本当に幸せな瞬間でした。(ハーフは一生苦手です)



名残惜しいですがこの辺で…

みんなの活躍を祈っています


後輩が予選会標準を切ってくれたいつかのギオンや松戸とか、800mでインカレ決めたのとか、四大で7m跳んだのを聞いたときは本当に胸がアツくなりました。嬉しい報告を今後も期待しています。またすぐに、どこかで。

 

こんにちは。初めまして。
4年マネージャーの秋山です。

私たちの代はコロナと同時に始まりました。私は2年次から入部したのですが、コロナ禍で活動が厳しく制限されるなか、何かやりたいなぁと思いついたのが部活動に入ることでした。

陸上競技の経験はありましたが、マネージャーをしている自分は全く想像できませんできた。ですが、とにかくなにか行動したいという気持ちで入部を決心しました。先輩方が優しく迎え入れてくれ、入部は同時期の後輩と励まし合いながら何とか仕事を覚え、マネージャーに馴染んでいきました。

1年経って、マネージャーチーフという立場になり、チーフとして後輩にできること、選手にできることはなんだろうと考える日々を送り、考えすぎてしまい辞めたくなることが何度もありました。
ですが、選手が頑張ってる姿をみて私も頑張らないとと何度も鼓舞されました。選手をサポートする立場でなければならないのに、いつの間にか選手にマネージャーとしての活動を支えられていた気がします。

マネージャーなんて性にあわないし…と思いながら活動していましたが、考えてみると私にぴったりな仕事だったと思います。元々誰かのために動くことが好きなタイプだったので、その活かし方を学ぶことができ今後も必ず活きていくと確信を持っています。

なんにもなかった大学生活にこんなにもたくさんの色を付けてくれた、学習院大学陸上競技部には感謝の気持ちでいっぱいです。

皆さんの活動を1番近くで見ることが出来て、1番近くで応援できて一生忘れられない時間を過ごすことができました。これからも応援しています!頑張ってください。

ありがとうございました!

みなさんどうも

短距離パートチーフ兼副務を務めていた松川優希です。現在インフルエンザになりまして、体力がミジンコレベルで無いのですが卒業ブログを書いたので読んでもらえると幸いです。


まずは素敵な4送会をありがとうございました。

みんなからのメッセージ、プレゼント大切にします。


4送会ではみんなに言いたかった事を端折りながら伝えていたので、ここでは全部書こうと思います。


まずは短距離チーフとして、本当に色々な人に支えられていたからこそ頑張れたと思います。

自分は中学から陸上競技の世界に参戦しましたがチーフになる以前までは誰かをまとめるといった役職に着いたことはありませんでした。当時大学3年の時にパートチーフである豊永さんから任命された時は『任せてください!』なんて自信満々に言っていましたが、内心は自信:不安=50:50くらいでした笑

でも任命されたからには期待されてるし頑張るしかないと思い、陸上競技というものについてたくさん調べ、みんながどうすれば成長できるかを考えまくったり、陸上競技を全力で楽しめて部活に行きたいと思えるような雰囲気にしたいと思い、自分なりにではありますが頑張ってきました。そんな中でみんなが自己ベストを出したり、楽しそうに陸上をしている時は自分のこと以上に嬉しかったです。今振り返ってみても自分がやっていたことが正しかったはわかりませんが、信じてついてきてくれた後輩達には本当に感謝してます。


自分達の代はコロナが直撃したこともあって人数が極端に少ない代でした。短距離は自分以外に岩澤と村山しか同期が居らず、自分が部活に出れない際は二人に任せることもあり、本当に助かっていました。ありがとうです。

また自分一人だけの練習もたくさんありました。そんな時、本練習が始まるまでのアップやドリルの間や、練習が終わり帰る時に一緒に居てくれた後輩達の優しさはとても嬉しかったですし、この先も大丈夫だろうと頼もしさまで感じていました。ありがとう!


こんな感じで自分一人だけでは絶対に務めることが出来なかったなーって感じた短距離パートチーフ期間でした。色々至らぬ点もあったと思いますが、みんなの競技力向上や陸上に対する思いが少しでも変化していれば嬉しい限りです。


最後に現在短距離パートチーフを務めている人、あるいはこれから先務めることになる人へ


陸上競技は個人種目なので人それぞれにあった練習メニューや部活の雰囲気があります。

みんなの要望全てに当てはまる答えを導き出すのは本当に難しいし、多分無理です。それでもそこで諦めるじゃなくて、とにかくたくさん調べまくったり、同期や後輩に聞きまくったりしてみてください。何か良い案が浮かんでくるかもしれないです。仮に何も案が出てこなくて、自分だけで答えを導き出してもそれはそれで大丈夫です。大切なのは自分の答えに"自信"を持つ事です。

とにかく全力でパートチーフという役職を全うしてください。応援してます📣


次に副務として思ったことです。

正直自分は任せられている仕事をこなしているだけで、何か特別なことを学んだわけではないです。ただ、これは4送会でもチラッと言いましたが、ここは学習院大学陸上競技""として活動している場所です。みんなが普段陸上競技を不自由なくできているのは陰で部を運営してくれている人達がいるからです。また選手だけではなく、サポートしてくれるマネージャーさんもいます。そういう人たちに感謝の気持ちを持って普段から接していって欲しいです。


最後に同期のみんなへ

自分は鈍感すぎて色々迷惑をかけていたこともあったと思います。本当にすみません

ただみんなことは本当に親友と思っているので今後もこの繋がりは大切したいなーって感じです


長くなりすぎましたが、これにてわたくしの卒業ブログは終わらせていただきます。


みんなありがとう‼︎