フリーパス | geneumiのブログ

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【少数民族の楽園】

フリーパス


道(交通機関)には、2種類しかない。

一つは普通に歩く道。

もう一つは、高速歩道。


何気なく家を出て、自分の足で歩く。

ふと思いついて、すぐそこに在る高速歩道に移動する。

高速歩道では歩かない。

何かに乗っている感覚になる。

それが、目的によってクルマのようだったり、鉄道のようだったり、もっと早い乗り物だったりする。

もっとも速い場合は、ほぼ瞬間移動。


目的地に着いたら、普通の歩道に降りるのである。

ついつい、チケットはどうした?

改札やチェックインの手続きはどうしたのか?と、気にする自分がいた。


もちろん、その間、駅員には出会わなかった。

運転手も車掌もいなかった。


移動中は実に快適である。

立っていようが、座っていようが、寝そべっていようが自由。

何種類かの乗り物に乗ったが、窓際で景色を見ていた。

くつろいで何かに寄りかかりながら紅茶を飲んだりしている。


航空機ではない。

クルマか鉄道に近い。

個室ではないが、盆暮れの帰省ラッシュのような混雑感はない。

極めてパーソナルな移動者だけが、必要に応じて移動しているようである。


彼らはみな、公共の目的で移動している。

ふと、自分を顧みると、確かに私利私欲(人を騙したり、傷つけて利益を得る)ための移動はない事だけは分る。

もちろん料金など無し。


思いついたら善は急げ・・・、いつもの歩道からちょっとばかり境目を跨げば交通機関の内部にいる。

外の風景がキレイなら、ちょうど良い速度で車窓を眺められるのである。

目的地でのスケジュールによって、速度が変わる。

いちいち、乗り継ぎやルートを気にする必要はない。

鞄に詰めた荷物もない。

普段着のままである。


では、公共ではない私利私欲の旅行者はどうしてるのだろう。

移動中、それらしき人には一人も出会わなかった。


それとなく聞こえてくる辻問いに依れば、未だに神輿に担がれて移動したがる連中がいるらしい。

彼らはプライベートな乗り物を所有する。

高額なおカネを払って、一番速い乗り物を競い合って購入する。

ところがどっこい、昔と違って長大な鉄道網は存在しない。

高速道路もない。

その度に乗り換えなくてはならない。

運転手を雇って、クルマから鉄道に乗換え、一部有料な区間は特別料金を払って個室を予約。

交通網が切れた場所からは飛行機に乗り換える。

ところが、以前のように飛行場がないので、随分と荒れ地の何もない場所に着陸。

そこから先はヘリコプター・・・。

実に面倒くさい。

結局、自分の足で相当な距離歩かなければ目的地に到着しない。


時間差で言えば数十分と、72時間くらいの差がある。

それでも、彼ら(私利私欲でしか動けない連中)は、それしか移動手段がないのである。


何をするにも料金を払わせ、何重にも課税された燃料を燃やし、大気や水を汚して移動する哀れな仕組みを恣にして来たツケ?


我が子に会うために地球の裏側へ行く行為は私利私欲ではない。

作物の出来映えを確かめに海外のネコの額ほどの畑を見に行くのは私利私欲ではない。

人間に必要な移動は公共である。


今までの仕組みは、移動手段に料金を課し、それにまつわる諸々の条件までも課税対象にした。

その行為を公共の名の元に行っていると言い張った。

利用者にいちいちカネを払わせて、・・・

そんなものは、公共でもなんでもない。

単なる手段、道具、莫大な維持管理費がかかる分、営利にしないと成り立たない経済行為と公共は別モノである。


人間の営みがもたらす成果が公共である。

これに課税はできない。

だから無料。

だから公共なのである。


人々が移動する事でもたらされる利益はみんなのもの。

それを分け合えるのだから、移動手段に課金するバカげた仕組みは必要ない。


私利私欲と、公共の違いをわきまえた(夢の中の当ブログ管理者)は、何処ヘ行くのもフリーパス。

誰からも呼び止められる事なく、地球なのか宇宙なのか定かでない空間を自由自在に移動した。

実に気分のいい体験であった。


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