社会保障と税を考える(14.諸外国より小さい生活保護、低い捕捉率と高い給付額)
さて今回は、貧困に陥った人向けのセーフティネットについて。
その代表は、最近何かと話題の生活保護です。
生活保護って、議論するのが難しいテーマだと思います。
年金や医療は誰もがお世話になるので、多くの人が我がこととして想像し、制度のあり方を考えることができるでしょう。
しかし、生活保護を受けるような貧困を、我がこととして想像することは難しい。
どうしても報道される特異なケースの印象に引きずられ、「不正受給けしからん」とか、「餓死するまで放置するのけしからん」といった主張をしがちです。
結果的にそういう主張が正しいのかもしれませんが、主張をする前にまずは、生活保護の現場の実態を先入観を排して見つめることが大切だと思います。
平均的にはどういう人達が受給し、その人達の思いや暮らしはどのようなものか。
ケースワーカーはどういう基準で生活保護を認めるのか。特に収入、資産、扶養。
不正受給は、ごく例外的なものか、かなりの割合を占めるのか。
そういった点について、特定の主張を持つ人が加工した二次情報ではなく、現場のケースワーカーや受給者の生の声を聞くことが足りないと思います。
かく言う私も現場の実態は何も知らないので、意見を述べる資格はないとは思うものの、何も知らない現時点ではこう思う、ということを書いてみます。
(何も知識がないとさすがに書けないので、本を1冊読みました。「生活保護VSワーキングプア 若者に広がる貧困 」。著者は志木市職員としてケースワーカーを長く勤めた方。実例が多く盛り込まれていて、現場の実態のイメージがよく伝わる)
セーフティネットは、社会保障の将来像を考える上でとても重要なことなので、ちょっと長いですが4回に分けて書きます。
構成はだいたいこんな感じ。
○数字で見る生活保護制度
・日本の生活保護は諸外国に比べ小規模
・低い捕捉率と高い給付額
○生活保護制度の見直しの選択肢
・皆賛成できる見直し(厚すぎる給付の削減、就労支援充実、不正へ厳正対処)
・大きな分岐「納税者の納得のため抑制」or「貧困に陥っても安心なよう拡大」
○代替案その1「ベーシックインカム(BI)」をどう見るか
・約100兆円の財源確保は、理論上は可能だが政治的合意は困難
・実現可能なのは、老人・子ども限定版(≒基礎年金税財源化、子ども手当)
○代替案その2「負の所得税」をどう見るか
・負の所得税は同床異夢(消費税還付、ワーキングプア対策、生活保護代替)
・無収入者まで給付する生活保護代替型は、生活保護より不公平
・実現可能なのは、ワーキングプア限定版(≒最低賃金の税金での上乗せ)
「ベーシックインカムは実現困難、負の所得税では生活保護は代替できない。生活保護を地道に見直していくのが最も有益」ということになるでしょうか。
この見立てが正しいかどうかは、4回分を見てから判断いただくとして、今回は第1回目の「数字で見る生活保護制度」です。
1.ヨーロッパよりもアメリカよりも小規模な生活保護
さて、まずは、医療と同じように、生活保護支出の対GDP比の国際比較を見ていきましょう。
残念ながら、公的な場で引用されているものは見つけられませんでした。信頼できる統計がないのでしょうね。
唯一見つけられたのが、埋橋孝文という同志社大学の先生が1999年に書いた「公的扶助制度の国際比較 」というレポート。
出典は「Social Assistance in OECD Countries 1996」の中にある、1992年のデータのようです。
それによると、公的扶助支出額のGDP比は、日本0.3%、イギリス4.1%、フランス2.0%、ドイツ2.0%、イタリア3.3%、アメリカ3.7%、カナダ2.5%。
1990年代前半の日本の生活保護費は1.3兆円。GDP500兆円の0.3%で符合します。今は3兆円なので0.7%ですね。
公的扶助を受けている人数の人口比は、日本0.7%、イギリス15.9%、フランス2.3%、ドイツ5.2%、イタリア4.6%、アメリカ10.0%、カナダ15.0%。
当時の日本の生活保護受給者は90万人、今は200万人なので1.5%ですね。
この数字自体は、各国の制度が異なる中で「公的扶助」の定義に差があったり、20年前の値段だったりして信用できない、という限界はあります。
←「20年前の値段は信用できない」のイメージ画像
しかし、日本の生活保護は、ヨーロッパはもちろん、自己責任なイメージのあるアメリカよりもかなり小規模という傾向としては、おそらく正しいでしょう。
2.低い捕捉率と高い給付額
日本の生活保護制度の特徴としてよく挙げられるのが、生活保護基準以下の世帯の何%が実際に保護を受けているかという「捕捉率」の低さ。
ウィキペディア
には「イギリスでは87%、ドイツは85~90%なのに対し、日本は約10~20%」と書かれていますね。
この数字自体は、各国の制度の違いもあるし、分母の正確な数字がわからない中での研究者による推定値なので、信頼性に欠ける部分はあります。
ただ、数字はともかく、日本はヨーロッパやアメリカに比べて貧困に陥っても容易に扶助を受けられないという傾向としては、おそらく正しいでしょう。
一方で、生活保護の受給世帯当たりの給付額は、日本の方が多いようです。
厚労省がUFJ総研に委託した「我が国の生活保護制度の諸問題にかかる主要各国の公的扶助制度の比較に関する調査
」の報告書に、比較表がありました。
単身者で日本が月84,850円、イギリスが46,146円、フランスが 52,513円、ドイツが43,240円、スウェーデンが45,284円、アメリカが26,356円とのこと。
ということで、日本の生活保護は、捕捉率が低くなかなか受けられない割に、受けることになれば額は多い、という傾向にあるようです。
3.急増する受給者、高齢者・傷病・母子で8割を占めるも「その他」が急増
生活保護制度の現状については、厚生労働省作成のこのパワーポイントの資料
がわかりやすいですね。
重要な部分をピックアップすると、まずは保護率(受給者数/人口)。
今年1月時点で1.64%。1995年の0.70%に比べて約2.3倍と急増しています。
もっと遡ると、1951年には2.42%だったのが、高度経済成長とともに下がり1970年に1.30%。オイルショックで下げ止まり、バブル景気で下がり1990年に0.82%、バブル崩壊以降急増という経過をたどっているようです。
戦後直後は今より高かったというのは意外でした。よく考えれば当たり前ですが。
2010年は、高齢者世帯が42.9%、傷病・障害者世帯が33.1%、母子世帯が7.7%と、この3つで83.7%を占めます。
貧困な人一般を対象にしているというより、働くのが難しい特定の類型の人達を対象にしている印象ですね。
ただ、10年前(2000年)はこの3つで92.6%を占めていたので、その他の受給が7.4%→16.2%と大幅に増えています。
働けるけど職がなく、核家族化で親族の扶養も得られないという人達ですね。
2010年で3兆3300億円の生活保護費のうち、医療扶助が47.2%の1兆5700億円。
お金がない人への生活費の支給だけでなく、病気を抱えた人への医療の無料支給という面が大きいことがわかります。
この医療扶助をどう考えるかも、制度見直しの大きなポイントになりそうです。
4.不正or不道徳な受給がどの程度あるかは、正直わからない
厚生労働省によれば、生活保護の不正受給は、2010年度で約2万5千件、約129億円
だったそうです。
129億円を単純に総額の3.3兆円で割れば0.4%になるわけですが、これをもって、不正受給は全体の0.4%という微々たるものだとはとうてい言えません。
これは確定的に不正受給と判断したものを足しただけで、水面下にどの程度の不正受給が潜んでいるか、いわゆる暗数は全くわかりません。
さらに、不正とまでは言い切れないけど、不道徳な受給もあるでしょう。
某吉本芸人のように扶養できるのにしないとか、担当者を脅して受給を勝ち取るとか、働けるし仕事もあるのに働かないとか、タダをいいことに病院に行きまくるとか。
そういう不正受給の暗数とか、不道徳な受給とかを推定するのは至難。
しかし、今のままでは、不正or不道徳な受給がごく例外的なのか、かなりの割合を占めるのかが分からず、イメージだけで考えてしまい議論が収斂しない気がします。
難問ですが、ここは基本に帰って、真実は現場にあり。
「現に不正はある、類似例が山ほどあるに違いない」と想像を膨らませる前に、実際にどういう運用をしていて、怪しそうなケースとしてどんなものがどの程度あるのか、現場のケースワーカーの声をじっくり聞くことが大切だと思います。
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以上、「数字で見る生活保護制度」。まとめると、
・日本の生活保護の総額は、対GDP比で見て諸外国に比べ小規模
・捕捉率が低くなかなか保護を受けられないが、受けることになれば額は多い
・高齢者・傷病・母子で全体の8割を占めるが、近年は「その他」が急増中
・総額の約半分が医療扶助
・不正あるいは不道徳っぽい受給がどの程度あるかは、分からない
これらを踏まえて、次回は、生活保護の見直しの選択肢について考えていきます。
う~ん、もう話題も下火で、今さら感があるけれど……。