第二回大統領候補テレビ討論への評価と今後 | GII REPORT

GII REPORT

政策コンサルタント事務所GIIのブログです。米国の首都ワシントンDCに10年ほど拠点を構えた時期は日本安全保障・危機管理学会ワシントン事務所その後は同学会防災・テロ対策研究会の業務を受託しています。連絡を頂ければメディア出演や講演の依頼にも応じます。

 表題の件に関し米国のメディア等からの情報を中心に解説を試みてみたい。まず重要と思われるのは、CNNの評価であろう。10月10日に配信した“7 takeaways from the second presidential debate”という記事の中で、57%対34%でヒラリーが勝ったと言っている。しかし、これは前回の62%対26%に比べると、トランプ氏が大幅に改善されているのである。さらにートランプ氏を強く嫌う21%の人も含めてー63%の人が、トランプ氏は期待以上に良く討論したと回答したと言う。あの超リベラル派のCNNの調査で、である。

 やはりリベラル派の牙城ブルッキングス研究所が10月9日に配信した“After a draw in the second debate, will we see a knockout in the final one?”という報告の中でも、“概して彼(トランプ)は、最初の討論会ほど混乱して無教育に見えませんでした。彼は、より自己コントロールをして、1週半前より色々な諸問題を取り扱う気持ちがあるようでした。”と述べている。そして“トランプは非常に批判的にオバマ大統領の医療保険改革法案の欠点について話しました。これは全アメリカ人の心に強く訴えた訳ではなかったかもしれないが、しかし医療保険の問題で苦労している態度未決定の有権者の心に、この問題に関する彼の議論は、必ず繋がるだろう”と指摘している。

 この無党派層の問題は、非常に重要なのである。例えば保守系WSJ紙が10月10日に配信した“Undecided Voters Put Off by Presidential Candidates’ Bitter Debate”の中で、長年に渡る共和党支持者も、トランプの過激発言に反発して彼には投票したくないし、しかし電子メール疑惑等があるのでヒラリーにも投票したくないーといった今の標準的な米国人の姿を描いている。そして泡沫候補であるジョンソン氏等に投票したいと考える人が増える可能性にも触れている。

 ところでWSJ紙の同記事によれば、ウィキ・リークスが、10月10日にリークした、ヒラリーのメールの中で、グラス=スティーガル法に彼女が言及しているという。それ以上の詳しい記述がないので何とも言えないが、これは彼女の夫の時代に実質的に廃止された、ニューディール時代に作られた金融独占禁止法で、このレーガンでさえ手を触れなかった法律が実質的に廃止されたことが、アメリカの今の格差社会の元凶になっている。その復活をトランプが主張していることは重要だろう。

 ただし、この法律の復活ないし近いことを民主党左派も主張していて、ヒラリーの今の考え方は、今の段階では私には分からないが、これは時間を掛けて行えば、アメリカ中心の世界の格差問題の是正に大きな影響があるものの、急激に行えばバブル崩壊で、リーマン危機ないし1929年様の状況になる。今後に注目して行かなければいけない、とても重要な問題である。

 何れにしてもヒラリーは、保守系National Interest誌が10月10日に配信した“Donald Trump vs. Hillary Clinton:Who Won the Big Debate?”という記事によれば、トランプ氏によってウォーレン・バフェットやジョージ・ソロスのような金融エリートとの深い繋がりを、討論会でも追及されている。彼女が真に弱い者の味方になる等とは期待しない方が良いだろう。

 ところでNational Interestの記事と似たような“Winners and losers from the second presidential debate”という題名の記事を、シカゴ・トリビューンが10月10日に配信しているが、その中で「敗者」の中にペンス副大統領候補の名前が入っている。この評価は他の多くのメディア等でも見られるもので、トランプ氏が10月9日の討論会で、再びー特にシリア情勢を解決するためーロシアとの協調重視の姿勢を見せたことが、副大統領候補同士の討論会で逆のことを言ったペンス候補の立場を、かなり苦しいものにしたことは確かなようだ。

 なお余談だが、この記事の中で「敗者」の中に、ビル・クリントン氏の名前が入っているのは“悪い冗談”だろうか?トランプ氏が自身の女性蔑視発言をカバーするため、ビル氏の過去の女性問題に触れたりしている間、彼は聴衆席で居心地が悪そうだったという。私個人の感覚でも、トランプの“ロッカー・ルーム発言”が“普通の冗談”なら、ビル氏の過去の行状や、それを庇い建することで、米国初の女性大統領になろうとしているヒラリーの方が、超超“悪い冗談”を演じているとしか思えない。

 話を戻すとペンス氏の問題を見ても今の米国で親ロシアの立場を取ることは極めて危険なようだ。私は差別主義者でも陰謀論者でもないが、ナチス以上のユダヤ系大迫害の歴史をロシアが持っていることと無関係ではないのではないか?

 しかしシリア問題の解決には何らかの形でロシアの力を借りざるを得ない。ヒラリーは、地上軍の力を使わずにシリアに飛行禁止区域を設けることを主張している。しかし前掲のNational Interestの記事によると、これは軍の専門家によれば、不可能である。私見だが結局は大規模な地上戦に発展せざるを得ないのではないか?

 やはり色々な意味でヒラリーは“危険な政治家”と看做さざるを得ない。トランプ氏のように、あくまで個人的な印象の問題ではないのである。

 さらに話を戻すと、この投稿の最初に触れたCNNの記事によると、CNNとORCが、9月28日から10月2日までに行った世論調査の結果によると、ヒラリー47%、トランプ42%の人から支持されている。これはトランプ氏の女性蔑視発言の前で、その発言の後にWSJとNBCが行った調査では46%対35%と10%以上の差が付いてしまった。しかし、これは第二回討論会前の調査なので、その後の支持率は現段階では分からない。もしも9月末の支持率くらいに戻っているようなら、これは統計の誤差の範囲内なのである。そして9月末の時点でトランプ氏の税金未納問題は既に出ていた。トランプ氏の支持率の持つ不思議な回復力を考えると、これからが勝負かもしれない。

 それはブルッキングス研究所の報告でも言われたように、トランプの政策や行き方が、無党派層や“崩壊しつつある中流階級”の琴線に触れるからではないか?そのような人々は、もう民主、共和両党の既成政治に何も期待できなくなっている。

 ワシントン・ポスト紙が10月10日付で配信した“House Speaker Paul Ryan tells colleagues he won’t campaign for Donald Trump”という記事によればライアン下院議長は“もうトランプ氏を擁護できない”と発言したそうであるが、要するに自分たち下院議員の選挙に、トランプ氏の個人的言動が、悪影響を及ぼすことを恐れているのだ。つまり自らの利権を話したくないのである。これはサンダースを下ろしてヒラリーを党の候補者にした民主党も同じである。米国にも、どこかに“豊洲の地下”があるようだ。

 今年の米国大統領選挙と東京都知事選挙は不思議なほど似ている。自らの利権に拘る都議会自民党を相手に孤軍奮闘した小池百合子氏は、組織力に勝る自民党東京都連にも左派政党にも勝てたではないか?それは既成政党の政治に不信感を持った無党派層の動向のお陰であった。トランプ氏にも同じことが出来るだろうか?

 ここで非常に重要なのは、CNNとORCの調査によると、泡沫候補の筈のジョンソン氏の支持率が7%。もう一人の泡沫候補スタイン氏の支持率が2%。合わせると10%近い。

 ツイッターでも触れたが、ワシントン・ポストが9月23日に配信した“Trump is headed for a win, says professor who has predicted 30 years of presidential outcomes correctly”という記事の中で、過去30年間アメリカ大統領選挙の予測を外したことがないというアメリカン大学のアラン・リッチマン教授は、彼の考案した13の指標に基づいて、トランプ氏の勝利を予測している。この13の指標の中には直観的なものも多いが、4番目の“有力な第三候補がいると現職(ないし後継者)が不利になる”というものには、とても説得力があると思う。1980年にも1992年にも有力な第三候補が出現し、現職が落選している。

 その理由は、この第三候補が現職の票を割ってしまうーより正確に言うならば、現職に行った可能性のある無党派層票を、この第三候補が吸収してしまうからだろう。この二回の選挙で第三候補が得た票は10%前後。つまり現状のジョンソン候補とスタイン候補の支持率を合わせたものと、だいたい同じなのである。