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better than better

彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

夢見草。

 黒板に書かれた文字をぼんやりと見つめた。

「桜の異称です。古典では『花』といえば桜を指すほど、この花は昔から愛されており…」

古典の教師の声を聴くことを諦め、私は頬杖をついて黒板の横に掛けられた秒針が動くのを眺めた。一周終わると、また次の一周へ。彼の仕事は着実で、地道で、ほんの少し哀しい。

 私は古文が嫌いだ。どうしてあれに出てくる貴族たちはあんなにもすぐに泣くのだろう。見もしない姫君がいとおしいと言っては泣き、報われない恋がつらいと言っては泣き、和歌が素晴らしいと言っては泣く。人前で泣く男は嫌いだし、何かにつけて泣く女には軽蔑すら感じる。

 その点では漢文は好きだった。白文に直した時のあのぎこちなさと、素っ気ないぐらいに感情の伝わらない文章。多分私にもっと漢文の素養があったり中国語を理解しているのなら、例えば漢詩なら詩らしく情緒豊かに感じられるのだろうが、授業で習う程度の、無理やり日本語にしてしまったあの不器用な表現が好きだ。おまけに登場人物はほとんど泣かない。

 桜はもうとっくに散ってしまった。明日はママの誕生日だ。毎年私たちはささやかなお祝いをして、その週の日曜日にお墓参りに行く。ママは35歳になるのを待っていたかのように、誕生日を迎えてすぐ死んでしまった。

 ママは桜が大好きだった。毎年春になってぽつぽつとつぼみが色づき始めると、毎日それを観察しては、もうすぐ咲くわ、あと2,3日てところね、とか、今年のピンクは一際可愛らしいのよ、などと夕飯の席で報告していた。満開には程遠い時期からお花見のメニューを考え始め、真野家と合同の花見の会では、もう既にみんなお弁当を広げているというのに一人で花の中を踊るように歩き回っていた。

 桜の霞の中で、ママは柔らかく美しかった。


次話




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