「これが、倉庫?」
がっかりしたように言う香篠君を無視して鍵を開ける。
「秘密基地みたいな、でっかい建物を期待してたんだけどなあ」
「そんなはずないじゃない」
実際は旧校舎の空き教室を使わせてもらっているだけだ。中に入ると、西日が当たって熱くなった空気が私たちを襲った。
「やっぱりこもってるな。ほこりもすごい」
顔をしかめながら段ボールの一山に近づいた。
「これ、全部衣装?」
恐れおののくように言う香篠君にうんざりとうなずく。
「そう。しかも…あ、やっぱりラベル貼ってない」
「マジすか」
「香篠君が来てくれて良かったわ。早く手伝って」
そう言うのに、一向に腰を下ろさない彼を見上げる。
「なにしてるの?」
「もう一回言って」
「え?早く手伝って」
「そこじゃなくて、その前のとこ」
私は一瞬記憶をたどった。
「香篠君が来てくれて良かった」
香篠君はまるでとてもいい匂いを嗅ぐように息を大きく吸い込むと、にっこり笑った。
「うーん。いい気分。もう一回」
「もういいでしょ」
少し乱暴に一番上の箱を床におろした。本当は何度でも言ってあげたかった。感謝の気持ちも、彼を好ましく思っていることも、素直に伝えられたなら、もう少し私はマシな女の子になれるのに。
「先輩、あったよ」
しばらく作業を続けていると。香篠君が声を上げた。期待を込めて振り返ったけれど、香篠君が手に持っているものを見たとたん肩が落ちた。
「それはちょっと探してるのと違う。それ、浴衣だもん」
「似たようなものじゃないですか」
この場で浴衣とそうで無い着物との違いを説明するのも面倒臭くて、私は自分が取り掛かっている箱に意識を戻しながら答えた。
「じゃあ、一応取り分けといて」
「いいなあ、浴衣。ね、夏祭りやるの知ってます?」
「そこの神社の?」
「うん。一緒に行きません?」
私は再び手を止めて香篠君をまじまじと見つめた。いつものように彼は生意気な笑顔を浮かべていて、このお誘いから特別な意味を読み取るのは、なんとなく負け、のような気がした。
「いいよ」
なるべく軽さを装って答える。
「いつだっけ?」
「8月の1日と2日。どっちがいい?」
「どっちでもいいけど」
「じゃあ、1日で」
私は頷きながら、心の手帳にしっかりと書き留めた。一か月も先の約束は、遠い約束だというだけで、キラキラして見えた。
「浴衣、着てきてね」
差し出された小指に小指を絡めると、切ない気持ちがよぎった。千歳とは指切りをしたことがない。千歳は私との約束を破ったことは一度もないし、それは改めて確認しあうようなことではないのかもしれない。大切にされているのは分かるのだ。分かったうえで、欲しいものはそんなものではないと思ってしまう。
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