待ち合わせ場所に着くと、香篠君はすぐに見つけられた。人込みから頭一つ飛び出た黄色い頭。その姿を認めたとたん、不愉快な気持ちも薄れて思わず笑みを零した。
「それ、部のやつじゃない」
彼の着ている浴衣を指して開口一番そう言うと、彼は悪びれもせずに笑った。
「だって浴衣持ってないから。こっそり拝借した」
「もう。ちゃんと戻しておいてよ」
そう言う私の浴衣の袖をとって、香篠君はその細い親指の腹で布をそっと撫でた。自分自身が触れられたわけでもないのに、背中を何かが走る。困ったことに、私は一瞬で悟ってしまったのだ。ああ、これが快感というものか、と。
「この浴衣、良いね。大人っぽい」
まだ手を離そうとしない香篠君にいつかのイメージが重なった。私の血で汚れた口元。
「お参り」
私はやっとの思いで声を出した。
「最初にお参り行こう」
「えー」
香篠君は盛大に不満の声を上げた。
「いいじゃん、別に。絶対混んでるよ」
「だめ。お参りしないで夜店で買い食いすると、ばちが当たるよ」
私はそう固く信じているのだ。だってあの不信心なママが、お祭りの最初には絶対お参りしていたのだから。
「分かったよ。じゃあ、行こう」
いつのまにか彼は私の袖から手を離していた。それに少しほっとして、なのに未練がましい気持ちにもなった。甘い怯えの後味。
長い行列に並んで、私たちはようやくお参りを済ませた。
「何をお願いしたの?」
石段を下りながら、香篠君が聞く。
「お願いっていうか。お祭り楽しませていただきますって」
「なにそれ」
香篠君は苦笑した。男の人の苦笑というのは、誰かを甘やかすためのものなのだと、初めて知った。
「香篠君は?」
「内緒」
「ふうん」
何となく足元を見て歩いた。私の下駄が確かにたてる、涼やかな足音。ビーチサンダルを履いた、香篠君の大きな足。
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