「進路、どうするのかと思って」
千歳は至極真面目な顔をして私を見ている。
「…分からないよ。考えたこともなかった」
正直に答えると、千歳はその顔のまま当たり前のように言う。
「そろそろ考えてもいいだろう」
まるで、父親みたいだ。
「春海のお父さんも、もしかしたら向こうで待っているかもしれないし」
けれど、ぼそりと続けられた言葉は、父親の声ではなくて、拗ねた子供のようだった。
「何も言われていないよ。進路の話もしたことがない」
「そうか」
そして少し黙った後、さらりと言う。
「まあ、春海が上京しても、俺が向こうで面倒みられるし」
また父親のようなことを言う。東京には本物の父親がいるのに。
「そうだね、進路、考えなくちゃね」
微妙に話題をずらして無理やり話を終わらせる。千歳は頷いた。
「あ、あと1分」
「うそ」
そうこうしているうちに来年はすぐそこに迫っていた。テレビから聞こえる除夜の鐘。携帯をちらりと見たけれど、鳴りだす気配はない。私の煩悩も108個あるのだろうか、と詮無いことを考えた。
「5,4,3,2,1」
そんな私の気も知らずに呑気にカウントダウンした千歳は、0時になったと同時に軽く頭を下げる。
「あけまして、おめでとう」
「…おめでとう」
にやりと笑った千歳は炬燵から立ち上がる。
「じゃあ、帰る。ちゃんと温かくして寝ろよ」
私も一緒に炬燵から出た。ついでに電源も切ってしまう。このまま部屋に戻ろう。
玄関で靴を履く千歳の背中を見つめる。10年以上も一緒にいて、年を越した瞬間に新年の挨拶を交わしたのは初めてだった。
「じゃあな。戸締りはしっかりしろよ」
「うん。今年も、よろしく」
千歳は少し驚いたように目を見開いて、けれどすぐに細めた。
「うん。よろしく」
戸締りをして二階へと上がる。けれどすぐに眠りはせずに、携帯を見つめた。
結局香篠君からの電話がつながったのは、年が明けて20分ほどたったころだった。
ランキング参加しています。よろしければクリックお願いします↓
にほんブログ村