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彼は、私の死んだママのことが忘れられない。
一方通行の片思いたち


素人小説です

 「今日も香篠君は欠席?」
集まった衣装班の面々を見渡して尋ねると、彼のクラスメートの女の子が申し訳なさそうな顔をしておずおずと口を開いた。
「学校には来てるんですけど…」
「そう。ちゃんと来るように伝えておいてね」
なんでもない風に言ったけれど、私たちの間に何かあったのだろうということは部員たちも感づいているはずだ。みんなこっそりと顔を見合わせているのに気が付かないふりをする。
「じゃあ、私は班長会議行ってくるから、あとよろしくね」
2年生の一人に声をかけて被服室を出る。部屋を出ればきっと詮無い噂話をされるのだろうと、うんざりした気持ちになる。
 運動会の日以来、香篠君とは顔を合わせるどころか、連絡すら取っていなかった。何を言っていいのか分からなかったし、私が謝ることではないと思っている。けれど向こうも頑なに歩み寄っては来ず、部活もずっと休み続けていた。
 連絡をとれるわけでもない彼のアドレスが入った携帯電話が一日中存在感を重くしていて、鬱陶しい。

 班長会議が始まると、瞳は何枚か綴じられたプリントと、厚みのある台本を配った。
「例年より早いけど、学園祭に向けて動き出そうと思います」
私は手にした台本をじっと見つめた。素っ気ない明朝体で、足りない女、と書かれている。
「脚本はそれ。2年生の香篠君が書きました」
「香篠が?」
隣の男子が驚いたように聞いてくる。
「衣装班の金髪の奴だっけ?っていうか、遠影の彼氏だろ?脚本とか書けるの?」
「書けたからここにあるんでしょ」
瞳がぴしゃりと遮る。
「それで演出は3年の唐田ね」
よろしく、と瞳の横に座っている男の子が右手を軽く上げる。
「とりあえずその資料を班員に配って、それぞれプランを考えてきて。来週の木曜日にまた集まってもらうから」
みんなに続いて部屋を出ようとすると、後ろから肩に手を置かれる。
「春海はちょっと残って」
瞳に言われたとおり、大人しく部屋に残る。他の人が全員出て行ったのを確認すると、瞳はさてと、と切り出した。
「あの後、どうなったの?」
借りたベストを返した時以来、瞳にも今の状況は話していなかった。
「まだ何も話せてない」
呆れられるだろうと思いつつも正直に白状すると、意外にも瞳は心配そうな顔をした。
「何だったら私も一緒に立ち会うけど」
慌てて首を横に振る。
「大丈夫よ。何とかする」
そこまで言って急に弱気になってしまった。
「ただ、彼、部活もずっと休み続けているから、みんなにも迷惑を掛けているのが心苦しい、かな」
「そう。来てないの」
瞳は眉間にしわを寄せた。
「それは私からもそれとなく言っておくわ。脚本のことで連絡も取らないといけないし」
「今年は、ずいぶん早く準備を始めるのね」
話題を逸らすと、瞳はいつも通りの偉そうな態度に戻った。
「これでも遅いぐらいだと思うけど。まあ、気合入れていかないとね」
「さすが部長」
瞳はふん、と笑ってみせた後、ぽつりと呟いた。
「もう津島先輩たちを知ってるの、私たちだけだもんね。ちゃんと、しなきゃ」
私は驚いて目を瞬いた。彼女が何かをしたい、やりたいと言うのは聞きなれていたけれど、しなきゃ、という言葉を発するのを聞くのは初めてだった。
「そうだね」
急に持田先輩のことを思い出す。静かな表情でミシンを踏んでいた先輩。あの頃の彼女に追いついている気が、全くしない。
「なんか3年生ってもっと大人だと思ってた」
思わずそう漏らすと、瞳は何も言わずに私の顔をじっと見た。
「1年生の時から、何か変われたかな」
愚痴るようにそう言うと、瞳は私の頭を軽く小突いた。
「何言ってんの。まだ3年生始まったところでしょ。まだまだ卒業までにやることいっぱいあるんだから」
語気の強い言葉につられて頷く。瞳は私の肩をぐいと押した。
「さ、話は終わったから早く衣装の打ち合わせしてきてよ。春海の作る衣装、期待してるんだから」


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