【一畑電車】




先日、実家に用事があり帰った。

羽田から朝一の飛行機で米子空港に降り立ち、

リムジンバスで松江駅に到着したのはまだ朝9時前だった。

そこから家に向かう為、バス停で時刻表をにらんでいると、

隣に関西弁の二人組の女の子が首をかしげていたので、

「どこまでですか?」と声をかけた。

すると松江しんじ湖温泉駅まで行き、そこからのローカル

電車に乗って出雲大社へ行くらしい

そのローカル電車の途中駅が自分の実家だ。

ここに来るバスで問題ないと伝え、早速来たバスにお互い

乗りこみ、15分位走った後しんじ湖温泉駅で降り、

そこが始発のローカル電車に乗った


一畑電車。

松江と出雲大社を、宍道湖の北岸で結ぶ一時間に一本の

ローカル電車だ。

二両編成で、オレは必ず前の車両の前の方に乗る。

この電車は車掌のいないワンマン電車で、駅はほとんどが

無人駅なので、降りる人間は、運転手が顔を出せる先頭で

切符を渡し、前の扉から降りなくてはならない。

一回それがわからず、乗ってくる人の為に開く

途中のドアから降りると、

運転手の人が「お客さ~ん!」と追いかけてきたことが

あった。

同じ松江でも、今の実家は自分が上京した後に

親が建てた家で、小中高は、この辺りにはなじみはなかった。



でも何度か乗っている。

よく憶えているのは、高校一年の剣道の試合があった朝だ。

入部後初試合で一年坊主の出番はなかったが、

先輩の応援という大事な試合だった。

出雲が試合会場だったので、朝、しんじ湖温泉に集合と

命じられた。

家の近くで同じ一年部員と、自転車で待ち合わせをする。

だが、その絶対遅刻してはいけない朝、オレは、

オレの部屋の窓越しに、そいつに起こされている。

「何やっちょうや!」

「エっ!」っとオレ。

友人は、オレがなかなか来ないから、途中どこかで

会うだろうと、ゆるゆる自転車で、待ち合わせの場所から

オレの家の方までやってきた。

でもついに会えず、おかしいと思いオレの部屋の窓を

のぞいた。

すると、オレは布団の中でランニングとパンツで

寝ていたから、そりゃあ、怒るに決まってる。

だがその起きた5分後、とりあえず着た学生服のオレと

二人の自転車猛ダッシュもなかなか凄かった。

なんせ、自転車で4、50分位のところを、何とかギリギリ

間に合った、かな?確か。



ギリギリと言うと、もう一つある。

駅は家から坂道を降りた下にある。

ある時、乗ろうと坂道を下ろうとしたら、電車はまさに駅に

入ったばかりだった。

「やばい乗れない」と思ったが、上の方から駆けながら

「ちょっと待った!」と叫ぶと待っていてくれた。

はずんだ息のまま乗るが、そのゆるさがなんとなく

おかしいやら、ホッとするやらで、にんまりしながら

電車に揺られた。



冬にはこんな点描もある。

実家に同居している妹夫婦の娘、つまり姪は、出雲の高校に通っていた。

地元では有名な剣道の強い学校で、姪はそこで女子の主将をやっていた。

高校日本一を狙う高校で、365日のうち休みは2日だけ

という苛烈さだ。

しかも、毎日朝練があり、姪はいつも始発に乗って出かけていた。

ある元旦すぎた正月、帰省していた自分は、地元の友人と

朝まで飲んだ。

夜半から雪が降っていて、タクシーで帰ってくる頃には、

道路一面雪が積もっていた。

家の玄関を開けると、丁度、姪が学校へ行くところだった。

「行ってきます」ボソっとオレの横を通りすぎ、雪の道に

傘をさして駅への道を歩いて行く後ろ姿があった。

浮かれポンチで帰って来た自分の目に、姪の後ろ姿は

シーンと静まった厳しさがあり、思わずオレは感動して

走り出し、姪を駅まで送った。

坂道を降り、松江方面からやって来た電車には、

同じ剣道部員の女子が乗っており、

姪は乗り込むとその子の横に座って電車は発車した。

まだ暗い雪の線路を、赤い電車灯をつけた光の箱が

遠ざかって行った。



関西弁の二人の女の子は、オレの前を通り過ぎ、右斜め前に座った。

過ぎるとき二人はオレにペコっと頭を下げた。

だが「そっちに座っちゃいかん」とすかさず思う。

座るなら、宍道湖が見えるオレ側に座って欲しかったが、

まあ敢えて言うのもなんだ。

電車は走り出し、目の前に宍道湖が現れる、いつものように

キラキラまばゆい。

まだ、午前中でシジミ漁の船が何艘も出ていた。

ああ、また帰ってきた。

オレはいつも思う、オレはこの宍道湖を見る為に帰ってきているのだと。

高校の時は、この町を出ることばかり考えていたのに。

電車はすぐにオレの駅に着き、二人にほんの軽く挨拶をして降りた。