【ギミアブレイク】
高校で喫茶店に入り出した頃だ。
ある奴の噂を聞いた。
噂の本人は、スポーツ刈りで黒縁のメガネの少し小太り、
そしていつも少しだけ、したり顔だ。
そいつが喫茶店に入ると足を組み、人差し指を立てていつも頼むらしい。
「モカね」
そこでみんなドッと笑う。
「何がモカじゃい!」
あの頃、珈琲専門店で飲むような奴は、誰もが通のような顔で飲んでいた。
オレもその一人で、密かにコーヒー通だと自負していた。
そして喫茶店で頼む。
「キリマンジャロね」
モカを頼んで噂になった彼と自分は違うらしい。
「ううむ、ブルーマウンテンを一度飲んでみたいが、あれは高すぎるわい」
などと思いながら、鼻孔にコーヒーの香りをくゆらせ、
いかにも味わうように飲む。
そしてコーヒー通は、利き味もするようになる。
まずは器具からだ。
サイフォンがいいか、ドリップか、それともペーパーフィルターか?
結局簡単なペーパーフィルターに落ち着き、
そして、いろんなコーヒーを珈琲専門店から少しだけ買ってくる。
でも金がないから、普通200g、少なくとも100g単位で売っている店で、
「え!?25g?」
なんて専門店のおやじさんに言われるのにもめげず買ってくる。
モカ、キリマンジャロ、マンデリン、ガテマラ、コロンビア、
まだまだたくさん買ってきたはずだが、
今、諳んじる事が出来るのは、これくらいだ。
そして遂には味を憶えたつもりになり、コーヒー利き味世界大会に出場かと
思ったとき、あの事件は起きた。
「モカね」のあいつと「キリマンジャロね」のオレが、友達数人と喫茶店に
行き、友達がいろんな種類のコーヒーを人数分頼み、
二人で当てっこするという事になったのだ。
並べられたコーヒーカップを手に取り、そして唇にあて、
香り豊かな湯気が上がる中、自信満々とはいかず、神妙な顔付きで、
二人はわずかにすする。
そして言う、「これはモカだね」「この渋みはキリマンジャロさ」
ところが結果はどれも大外れで、さんざんだった。
もう一人のモカね君の方がまあまあ当たっていた気がする。
その後は、お茶を濁してというか、コーヒーを濁して雑談になるのだが、
その時のコーヒーは結構苦かった。
人生で、コーヒーに凝ったのは後にも先にもその時だけだ。
今となったら結構何でもいい。
EUやオーストラリア、ニュージーランドでは、
まさしくこれがおいしいコーヒーか!と唸るようなコーヒーに、
たまに出会えるが、その味をいつも追い求めようとは思わない。
アメリカのあの薄いコーヒーでも全く問題ない。
たまにホッとしたい時、または眠気を取りたい時、コーヒーを飲む。
ギミアブレイク!