【ベルサイユの赤い暴走】






ベルサイユを前にしてオレは少し躊躇した。

頭にひとつの言葉が浮かんだからだ。

タイムスリップ!

黄金の高く連なるたくましい柵の向こうで、ルイ王朝の巨大な宮殿が

時空への扉をわずかに開いて、こちらを見ていた。

夕方6時を回っていたが、夏時間で陽は十分高く、

4人の影を長く重ねながら、宮殿に対峙するという構図にはならなかった。






先日ベルサイユ宮殿を訪れた。

観光にはそれほど行くほうではないが、ベルサイユだけは一度見たかった。

今までチャンスがなかったが、今回たまたまパリで一日空き、

さらに、フランス人の友人のBPが、どこかへ連れて行ってくれると

言うので、すかさず「ベルサイユ」と答えた。

お昼2時の約束が、BPがホテルの階段を登ってきたのが夕方だった。

もう遅いからいいよと伝えると、ベルサイユは見といた方がいいと、

BPは車を走らせてくれた。






ヨーロッパの歴史は詳しくない。

しかしベルサイユとフランス革命には興味がそそる。

子供の頃、漫画ベルサイユのバラがはやったせいか、アニメ、漫画、

映画で、ベルサイユの話はよく目にした。

仮面をつけた剣士が、ベルサイユを舞台に活躍する話などだが、

最後は必ず、華麗だった世界が、一人の美女の獄門台で結末を終える。

正義であるはずの人々が自由を唱えながら、悪魔に化していくようでも

あり、いつも少し怖かった。

自分にとって、ロマンティックなかっこよさを感じながらも、

オカルトを覗くような気分にもなるのがベルサイユだ。






そのオカルトだが、ベルサイユには有名なタイムスリップの話がある。

1901年、二人のイギリス夫人が観光でベルサイユを訪れ、庭園を

歩いていた。

ある場所で、二人とも不意に気持ち悪くなる。

それでも歩いていると、すれ違う人たちの服装がやけに古いのに気づく。

尋ねてみると、言葉のイントネーションも今のそれとは違う。

そしてある庭園で、絵を書いている高貴な女の人を見た。

だがそこで兵士に追っ払われ、逃げるように歩くと、振り向けばその兵士は

いなく、気がつくと他の観光客のいる場所に戻ったというのである。

後の研究で、彼女達が見た女の人は、

幽閉されていたマリーアントワーネットであった。

彼女達はまさしく革命前夜のベルサイユを歩いたのである。

この話、自分の頭から離れない。






そして今回のベルサイユだ。

車で到着してベルサイユを見ると、思っていた雰囲気と違った。

数多くの人々の情念やら欲望がこのでかい建物にはち切れんばかりに

まだ存在し、建物はさぞ、巨大な幽霊屋敷のように見えるのではと

思ったが、外観は、意外にも現代的な美術館のようであった。

何らかの恐れのようなものを抱いてやってきた自分であったが、

観光客の多さから、あっさりと門の中に入りみんなと歩いた。

建物の横の通路から後ろ側に抜けると、もう園庭があった。

これも違うと思った。

もっとでかいはずだ!

10年程前、日光の東武ワールドスクエアーに行ったことがある。 

広い敷地に地球上の建造物、遺跡のミニチュアが、ある一定の縮尺で

精巧に作られていて、ちょっとした地球一周旅行が楽しめる。

日本の建造物なんて、世界の建造物に比べればどれも小さい小さい、

ちょっと、がっかりした。

その中でもベルサイユは広大で、ひとつの都市のようだった。

貴族たちを収容する建物なのに、こんなに巨大なのかと

驚いたはずであったのだが。

後で知るが、見学しているのは王宮であり、

実際は、門の手前すべての町がベルサイユであった。






不思議の国のアリスのウサギが出てくるような庭園を横に見ながら、

中庭のプールのような池を脇を歩くと、庭園の端まで来て、

これでおしまいかと思った。

だがそこから降りるようになっていて、正面の遥か彼方まで園庭は

続いていた。

「でっけえ!」

声には出さないが、空を仰ぎ見ながらその下に目をやるみんなの表情が

そう言っていた。

そして3人が一様に自分の顔を見たので、これ以上自分の興味に

みんなを付き合わせるのをあきらめた。

このでかいベルサイユを、夕方のわずかな時間で見ることは不可能だ。

次回再び時間があれば、一人で来てみたい。

その時もし、一人の日本人が、ベルサイユの奥の庭園で行方不明になった

とのうわさを聞いたら、紐解いて欲しい、

ベルサイユの古い歴史書を。