【雛人形】



子供の頃、雛人形の飾り付けをよく手伝わされた。

母親の実家は山をいくつも持っていた相当なお金持ちだったらしいが、

祖父が誰かの保証人となり、戦後まもなく殆ど全ての財産を無くした。

全てが持ってかれる中、祖父は娘の為にこれだけはと雛人形を隠した。

だから母親にとって唯一残った雛人形は、格別な意味を持つものらしく、

飾り付けの際に、くるんだ紙を丁寧に剥がしながら、

毎度毎度、同じ講釈を子供達に聞かせた。

いろいろ言うだけあり、七段飾りの立派なものだった。

母親が言うには、古いもので相当高価な人形らしく、

あの頃自分は、家の中にひと財産でもある気でいたが、

今考えると、そこまでかどうかは怪しい気がする。

うちの母親は、何かにつけて大げさな人だ。

でも少し弁護すると、母親が感じている価値はそれくらい、

もしくはそれ以上のものがあったのかもしれない。

細かい細工を一つ一つ人形に施しながら雛壇に飾り立てて行くのだが、

それぞれに表情があり、お互いに口をききそうで

壇に並べながら、その雛壇で繰り広げられているかもしれない

人形達のドラマを想像して楽しかった。

学校から帰ってもその時期はなんだか部屋が特別で、

いるのは自分だけじゃなく、同じ住人のような気がしていた。

だが夜になるとそれが変わる。

昼間の親しみが遠のき、雛壇の裏に写る影と共に、

不気味さが部屋の片隅に出現しているようだった。

夜、トイレに行く時があったらそりゃあ大変で、

雛壇の横を通る時、どうもこちらを見ているようで薄気味悪く、

なるべく見ないようにして通った。




今では33日になると「そうか今日は雛祭りか」と思う程度だが、

幼い頃、雛祭りの雛人形が心に与えた影響は案外と小さくない気がする