【マイピュアレディ】





あともうちょいで春という頃だった。
「これかけようゼ!」
クラスの中坊数人が、オレの机近くでワサワサ騒いでいるので
どうしたどうしたと、思わず話に顔を突っ込んだ。
丁度もうすぐ給食、だが夢中で話すひとりの手に、
青い一枚のシングルレコードがあった。
タイトルを見ると"マイピュアレディ"
あっ、これは昨晩見たCMのキャッチコピーじゃないか。
突然興味が湧く、なぜならそのCMでは、
ちょっとボーイッシュなお姉さんが素敵に笑っているのだけど、
ちょっとはかなそうで、その何とも言えない表情に心がキューッとなり、
こんな人が彼女だったらなあと思わせるようなお姉さんだった。
あのCMで流れていた曲がこのレコードなのか!?
歌謡曲とはちょっと違う不思議な感じがする曲だった。
でもジャケットには違う人が写っていた。
あのお姉さんが歌っているんじゃないのか?
「なっ、今から放送室に行って流そうゼ!」
マジかよ、こいつ放送部でもないのに~???
でも何やらおもしろそうで、その話に乗った。




放送室は視聴覚室や理科室がある誰もいない別棟の上にある。
階段を駆け上がり通じる廊下を数人で足早に渡ると
まるで校舎の中にある孤島の部屋みたいに放送室は静かにあった。
ガチャッと無人の部屋、ゾロゾロっと中に入る。
ガラス窓のブース前に機械があり、レコード持つ当人が

勝手にいじりだした。
何でこいつがいじれるのかよくわからなかったが、
全校に流すというスリルを前にそんな詮索はどこかに飛び、
そいつの動きをジッと見守った。
マイクの横にターンテーブルがある。
青ジャケから親指と中指でだされたシングルがそこにゆっくり置かれ、
持ち上げられた針と共にレコードが回り出すと、途端みんなに緊張が走り、
固唾を飲みながら針の行方を追う。
ガサッと置かれた数秒後、その曲が流れ出した。
♪ちょっと走りすぎたかしら~ ♬
ああ、やっぱりこの曲だ、昨晩CMで聴いたのは。
誰か血相変えてやってくるんじゃないかなという思いもあったが、
ウキウキ感の方が先に来て、
ピュンピュン、みんなの心から何かが小さくはじけていた。
曲を流し終わると、全員で急ぎ飛び出し教室に戻り、給食を食べた。
食べながら何度かまわりを見回したが、別段みんな普通の顔で食べていた。