6歳のころ出会った運命の女の子キョーコちゃん〗と再会してから2週間。

どうやらキョーコちゃんは、あの夏の日のことは覚えていても、その時出会った男の子が俺だとは気付いていないらしい。

いや、そもそも人間だという認識すらないらしい……。

 

 

「それでね、コーンったらその時に空を飛んで見せてくれてねっ…」

 

転校初日に音楽室で妖精の話を聞いた俺は、キョーコちゃんにその時の話を聞かせてくれと頼んでみた。

スパパパパッと小学生とは思えない処理能力でクラスのアンケートを集計しながら、目を輝かせ嬉しそうに話すキョーコちゃん。

俺は彼女の正面に座り、作業を手伝いながらその話を聞いている。

 

(知ってるよ、その)

 

「……それからハンバーグ王国の国王様にねっ…」

 

(平らな石に向かって、レディのように挨拶してたよね)

 

ほんの数分前まで泣いていたのに俺の一言で急に喜んだり、空を飛んだと燥いだり……

コロコロ変わるその表情ひとつひとつがとても可愛かった。

あの頃を思い出して一人顔を緩めていると、目の前のキョーコちゃんの目が吊り上がり、こちらを睨みながら頬をぷくっと膨らませている。

頬は上気してしてピンク色に染まって、プルプルの真っ赤な唇を突き出して起こるキョーコちゃんはとんでもなくも可愛い。

 

「……なに?」

 

緩んだ顔を引き締めて、無表情を装いながらキョーコちゃんに尋ねる。

 

「どうせ敦賀君も私の話を信じていないんでしょう?」

 

「いや、そんなこと……っぷふぅっ」

 

「もう!!敦賀君!!」

 

「ごめん、ごめん…」

 

(むきになるキョーコちゃんもかわいい)

 

彼女が俺のことを嬉しそうに話す姿が見たくてついつい〖コーン〗の話を振ってしまう。

 

 

「………よしっ!」

 

手にしていた書類を机の上で整え、キョーコちゃんが一息つく。

手際のいい彼女の仕事が終わると同時に、楽しいひとときも終わる。

 

「敦賀君、今日も手伝ってくれてありがとう。まったくショータローったら、いつもいつも学級委員の仕事を放り出して…。これじゃあ、敦賀君とどっちが学級委員かわからないわねっ」

 

(ショータロー………ショーちゃん……)

 

「……ねぇ最上さん。キョーコって呼んでもいい?」

 

「ダメよ」

 

「え……?」

 

あの頃のキョーコちゃんにとって、ショーちゃんは王子様で。

キョーコちゃんを呼び捨てにしていいのはお母さんと、将来ホニャララ(言いたくない)になる予定のショーちゃんだけだった。

でも今はクラスメイトの天宮さんも宝田さんも彼女のことを呼び捨てにしているし、例のショーちゃんは将来ホニャララにはならなそうだし。

俺だって名前で呼んでもいいんじゃないかな?

 

「なんで呼んじゃダメなの?」

 

未だに〖ショーちゃん〗は君を呼び捨てにしてるのに……

ざわつく胸の内を隠しながら、キョーコちゃんに聞いてみた。

 

(なんだか寒気が…?)だって……敦賀君、かっこよくて人気者だから…

 

さっきまでの元気なキョーコちゃんとは様子が変わって、俯きがちに話し始める。

 

「敦賀君が転校してくるまでクラスで一番人気があったのはショータローなの。

そのショータローが私を呼び捨てにしたり、幼馴染だからって親しそうに話すのを他の女の子達があまりよく思ってなくて…

 

つまり、女の子に人気(らしい)俺がキョーコちゃんだけを呼び捨てにすると、他の女の子達が気分を悪くすると……。

 

「そう…わかった」

 

キョーコちゃんのことは名前で呼びたいけど、そのことで彼女が困るのは俺だって嫌だ。

 

(またショーちゃんか…)

 

またも俺の邪魔をするのは〖ショーちゃん〗。

 

 

俺はどうやったら彼に勝てるんだろう……