前回は突然のキョーコちゃんsideでした。
今回は蓮さんsideに戻ってます。
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元カレ×元カノ
プロジェクトが始動すると、自然と彼女との接点も増えていった。
しかし、デザイナーの拘りやスタッフのスケジュールなど突発的なアクシデントが重なり、ズレ込む工程に彼女との関係を修復する余裕が全く持てないまま時が過ぎていく。
「敦賀さん、来週のスケジュール調整ですが、確認していただけますか?」
「………」
ベッドの上では上擦った甘い声も、今は事務的な言葉を発するのみ。
「敦賀さん?」
「あ…あぁ。見せて?」
何でもない素振りで用紙を受け取ろうと手を伸ばした瞬間、指先が触れた。
「っ…」
「ご、ごめんっ」
滑り落ちた書類を拾い上げ顔を上げると、何やら考え込んだ表情の彼女がいた。
「なに…かな?」
「いえ…」
そのまま彼女は踵を返して自席へと戻ってしまった。
なかなか近づけない彼女との距離。
公私混同はいけないと思いつつ、正直余裕がない。
気分転換にと喫煙スペースへ向かうため、席を立った。
☆
程よく体内に回ったニコチンで頭がすっきりとした俺が席に戻ると、何故か机の上に見慣れない可愛らしい包みが置かれていた。
「あぁそれ、キョーコちゃんだよ」
「えっ?」
驚いて社さんを振り返った。
「なんか、お前に絶対にコレを食べさせろって鬼気迫る迫力で置いて行ったぞ」
「キョ…最上さんが…」
「なんだか、筋肉量がどうのとか、骨と関節がどうとか…ブツブツ言ってたな。まぁ、お前の普段の壊滅的な食生活を知る俺としては、何でもいいから腹に納めて欲しかったから好都合だよ」
付き合っていたころから俺の食事事情にキョーコは厳しかった。
毎回栄養バランスや食事の大切さを懇々と語る彼女の姿を思い出す。
雑な食事に腹を立てながらも、俺の部屋のキッチンで手際よく調理する後姿を眺めるのが幸せだった。
「………社さん」
「ん?」
「最上さんを『キョーコちゃん』て呼ぶのはダメです」
「な、なんだよっ。貴島だってそう呼んでるじゃないかっ」
「それについては後程、制裁を…」
「ひ、ひぃっ。お前、頬を染めて恐ろしいコト言うなよ…」
おそらくは今日の彼女の昼食であっただろうその包みを大事に抱え、視線だけで彼女を探す。
オフィス内には見当たらないことから、きっとどこかへ昼食に出掛けたのだろう。
「キョーコちゃんなら、下のコンビニに行くって出て行ったぞ」
彼女を追いかけようとして出入り口で貴島から情報を貰った。
「貴島君、『キョーコちゃん』じゃなくて『最上さん』だから」
急いでいるため制裁は後回しにして、彼女を追ってコンビニへと向かった。
さっきまでの苛立ちが嘘のようだ。
目の前の霧が一気に晴れ、何かが弾けたように明るくなった。
今にも走り出しそうな気分にを抑えて、足早に彼女の元へと急いだ。
「キョー…も、最上さんっ」
「敦賀さん…」
コンビニの前で、ちょうど会計を終えた彼女を捕まえることができた。
「あの、これ…ありがとう」
「いえ…敦賀さん、相変わらず壊滅的な食生活なんですね…」
初めて彼女が俺たちの関係に触れた。
「君が傍にいてくれないからね…」
「………」
二人の間を、何とも言えない気まずい沈黙が包む。
「お礼…」
切っ掛けを作ったのは俺だった。
「お礼、させて?」
「いえ、それには及びませんっ」
「でも…」
「私が勝手に押し付けたことですから、敦賀さんはお気になさらないでくださいっ」
そう言って俺の脇をすり抜けて社内へと戻って行く彼女。
俺は咄嗟にその腕を取った。
「きゃぁっ」
バランスを崩した彼女が俺の胸の中に飛び込んできた。
甘い香りが鼻孔を擽り、疼く。
「食事、行こう」
「え…?」
「俺がご飯食べるところ、ちゃんと見張ってて?」
俺は狡い。
こう言えば彼女が断れないのをわかっている。
腕の中で華奢な項が縦に動いたのを確認して、安堵のため息を吐いた。
そして翌週に食事に行くことを約束させ、彼女の拘束を解いた。