ちょっと突っ込んで、「北欧のナイフの刃」について書いてみようと思います。
昨晩、色々な人のブログを見ていたら、「モーラナイフを使って子鹿を解体したら、一発で刃こぼれした」という記事を見つけました(その記事はこちら)。
使われたモーラナイフは、コンパニオンのオレンジ。
刃の厚みは2.5mm、鮮やかなオレンジが印象的なモデルです。
確かにシカを解体すれば、刃こぼれもおこるだろう、と思わなくもないわけですが、この記事を書いた人は、解体を何度もやっている人のようですし、「一発で刃こぼれした」と強調して書いていることから、「他のナイフでは、刃こぼれがおきない」あるいは、「他のナイフでは、問題となるほどのダメージが刃にない」からこそ、このような記事を書いたのではないでしょうか?
実は、私はこの記事を読んで、「ああ、やっぱりな……」と思ってしまったのです。
というのも、「北欧ナイフはスカンジグラインドのままだと、極端に刃保ちが悪くなるケース」が多いからです。
■スカンジグラインドを考える
ここで、拙著『北欧ナイフ入門 ~モーラナイフからストローメングナイフまで~』から、画像を引っ張ってきましょう。
北欧ナイフ入門 ~モーラナイフからストローメングナイフまで~
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一般的にイメージされる「スカンジグラインド」と、よく観察すると見えてくる北欧ナイフのグラインドの比較図です。
つまり、スカンジグラインドといいながら、多くの北欧ナイフ(もちろん、モーラナイフも)には、小さな「小刃」がついているのです。
北欧ナイフを愛用している人達は、実はこの小刃の存在に気づいています。
「プーッコ 研ぎ方」とか「スカンジグラインド 研ぎ方」などで検索すると、よく「マイクロベベル」や「セカンダリーベベル」という言葉が出てきます。
上図で示した小刃こそが、マイクロベベルやセカンダリーベベルと呼ばれるものです。
しかし、そのマイクロベベルは「スカンジグラインドには不要」ということで、研いで、削り落としてしまう人、というのも多くいるのです。
つまり、上図左の、「一般にイメージされるスカンジグラインド」の形に整形し直してしまう、ということです。
■マイクロベベルは本当に不要?
さらに、価格の安いモーラナイフでは、とくによく行われるものとして、「エッジの切り上げ」というものもあります。
刀でいえば「鎬(=しのぎ)」の部分を、荒い砥石で削り、より刃を鋭くする加工ですが、それをやってしまうと、刃先は確かにシャープにはなりますが、「より薄いスカンジグラインド」のナイフとなってしまいます。
問題は、完全なスカンジグラインド(これをフルスカンジと呼びましょう)にしてしまうと、冒頭でお話したとおり、「刃保ちが極端に悪くなる」のです。
エッジの切り上げをし、刃を薄くしているのならば、なおさらです。
落ちている枝を削る、フェザースティックを用意してきた材木ではなく、現地で調達して削る、といった場合、フルスカンジだとすぐに刃が潰れたり、刃こぼれをおこしてしまうのです。
下手をすると、厚めのボール紙をガシガシと切っただけで、刃が痛んでしまうことすらあるのです。
これは、私は何度も経験しましたが、経験だけで言っているのではありません。
フルスカンジにしたナイフの刃保ちがあまりに悪いので、フィンランドのナイフディーラーに直接メールで(お互い英語でやり取りしました、その際、フルスカンジという言葉が相手から出てきたので、それを使っています)、研ぎ方を質問したのです。
すると、ナイフディーラーから、
・新品の北欧ナイフには、ほとんどマイクロベベルがついている。
・マイクロベベルだけを研いでも全く問題ない。
・フルスカンジにすると、刃保ちが悪くなる。
という回答を得ることが出来ました。
つまり、マイクロベベルは「フルスカンジを邪魔する悪者」ではなく、刃の強度を上げてくれるためのものだったのです(その分、角度がついて刃が強くなりますから)。
ですので、「フルスカンジにしなければいけない」と考えて、マイクロベベルを削り落としてしまうと、些細なことで、刃にダメージを負ってしまうことになるのです。
まだまだ証拠はあります。
たとえば、Wikipediaでモーラナイフの項目を見てみると、使い込まれたモーラナイフの写真が出てきます。
どうでしょうか? マイクロベベル、というレベルではなく、かなりガッツリと小刃がついているのがわかります。研ぎのことを考えれば、砥石にベタッとくっつけて研げる「スカンジグラインド」のほうが楽にも関わらず、このナイフの使用者はあえて小刃をつけているのです(シース(鞘)にフィンランド語が書いたシールが張ってあります。使用者はフィンランド人でしょうか)。
さらに、例えば「モーラナイフ チップ」「モーラナイフ ロール」といった言葉で検索をかけてみて下さい。
チップは刃の欠けのこと、ロールは刃がまくれてしまうことです。いずれも、刃の強度に問題がある場合に起こります。
この問題に苦しんでいる人が多くいることが分かるはずです。
■よりナイフを楽しむために
以上のことから、私は「むしろマイクロベベルを研いで、ある程度の強度を刃にもたせたほうが使いやすい」という結論に至りました。
実際に、フィンランドのナイフディーラーも、フルスカンジの刃保ちの悪さに言及していたのですから、説得力があるはずです。
ちょっと枝を削って、節にあたれば刃が潰れてしまう、ロールしてしまう、というのでは、ナイフとしての使い勝手は悪い、と言わざるを得ないでしょう。
「薄いフェザースティックを作るためにはフルスカンジでないとダメだ」という意見もありますが、すぐに刃にダメージを負ってしまうようでは、フェザースティックすらまともに削れないのではないでしょうか?
フルスカンジに比べれば、どうしても刃先に角度がつきますから、マイクロベベルがついたもののほうが切れ味は劣ります。
そうした欠点はもちろんあるのですが、それでも私は、「ナイフ」としてみたときに、マイクロベベルを活かしたもののほうが、応用力は高いと思うのです。
ただ、一言いっておきたいのは、「マイクロベベルをつけないとダメだ」ということではないのです。
ナイフは使用目的に合わせて、自分でカスタムしていく楽しみがある道具です。研ぎ直しの手間がかかるけど、自分はフルスカンジでやっていく、ということであれば、それはそれでいいのです。
また、用意した柔らかい材木を使ってフェザースティックを作るだけ、ということであれば、フルスカンジでも刃にダメージを負わないと思います。
簡単にいえば、「色んなカスタムの仕方があるなかで、北欧ナイフに関しては、マイクロベベルを削り落とすという方向に固定されているのがさびしい」ということなのです。
マイクロベベルにも存在意義があります。
そこを無視したり、消し去るのではなく、「何故ついているのか?」をちょっと立ち止まって考えてみる、そういうことも必要なのではないでしょうか?
■フルスカンジでも大丈夫
冒頭のシカの解体でも、マイクロベベルがナイフについていたなら、刃こぼれも起きにくかったのではないでしょうか?
どの程度のマイクロベベルをつけるのか、にもよると思いますが、糸刃のようなものをつけるだけでも、刃先の強度はグッとアップします。
場合によっては、先ほどWikipediaの写真でみたように、大きな小刃をつける、ということが必要となるケースもあるでしょう。
ところで、フルスカンジにしても刃にダメージがおきにくい、あるいは、全くダメージがない北欧ナイフというのもあります。
大人気の、Mora knife Companion Heavy Duty MGなどはまさにそれです。
これは刃の厚みがシッカリと確保されているからでしょう。
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シカの解体で刃こぼれしてしまったものは、それと比べると刃の厚みが0.7mmではありますが、刃の厚みが薄いのです。
同じ形状のナイフで、刃の厚みだけが違ったならば、刃が薄いもののほうが刃先が弱くなる(角度が浅く、薄くなる)というわけです。
フルスカンジで問題のないもので、尚かつ、有名なナイフもあるのですが、今日は随分たくさん書いてしまいましたので、それはまたの機会、ということにしましょう。
拙著『北欧ナイフ入門 ~モーラナイフからストローメングナイフまで~』でも、こうしたスカンジグラインドの問題や、フルスカンジにしても大丈夫なナイフの要件など、色々書いております。
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