「一生懸命でかわいらしいひとだなって思ったんだ。
たまたま同じ日に俳優養成所に入ったせいか、同期繋がりで仲良くなって。…ギャップって言うの?モデルの時の尖った感じと違って、演技の稽古の時はふわふわ笑うんだあ。一緒に頑張ろうって言ってくれて。意外と近い存在なんだなって思ったよ。
……でも、やっぱり違うんだよね、住む世界が。役者としてのスタートはそんなに変わらなかったはずなのに、百合さんはどんどん役者としての仕事をもらって。だってさ、もう主演やっちゃうなんて……。俺、この仕事が決まった時、すごく悩んだんだ。主演の彼女のそばで、足掻くのかって。悔しいやら悲しいやら、ほんと、もう…!」

黙りこんでしまった悟の横顔が痛くて、キョーコは何も言えなくなった。


「…あ、最上さんごめんね。なんか情けなないとこ見せて。」
少しの沈黙のあと、悟はくしゃりと顔を歪めたまま、でも少しはにかんで言う。

情けなくなんてない、という気持ちを込めて、キョーコはふるふると頭を振った。

「俺、この近くに住んでて。こんな時間だけど、サッと鍋でもして食べない?で、もしよかったら、明日の撮影のホン読みとか、ちょっと相談に乗ってほしいな、なんて。こんな全然相手にされてないのに、アレだけど、百合さんには仕事でカッコ悪いとこ見せたくないし。最上さんて、敦賀さんに鍛えられてるからか演技うまいよね。監督も一目置いてるし…。」

悟はスーパーで買った食材を少し持ち上げて、チラリとキョーコを見た。

キョーコは、「敦賀さんに鍛えられている」という言葉が誇らしく、笑顔で悟の申し出を受けた。

(そうだ、せめて目をかけてもらってる後輩としては仕事はきちっとやりきらなきゃ!ぼんやりしてたら敦賀さんの名前に泥を塗りかねないもん。)

二人で協力して鍋を作り、食べながら、台本について語り合った。ついつい白熱した結果、悟の家にお泊まりすることになった。嫁入り前に少しはしたないかなとは思ったが、幼馴染みと同居していた過去もあるし、悟を男とは意識していないキョーコには、さして問題ではなかった。それよりも、蓮の前で納得のいく演技を披露できることの方が、ずっとずっと意味のあることだった。


だから、あとでこのことがどれだけ蓮の心を傷つけることになるのかなんて、キョーコには想像もつかなかった。



悟の部屋には布団が一組しかなかったため、キョーコと悟の押し問答の末、キョーコは電気カーペットを弱設定にして、ブランケットを借りて眠りについた。


絶対に届かない思い。
住む世界が違うのに、ふとした他愛もないことで勝手に勘違いして近づいたつもりになって、ああもうこんなに辛いのに、だめなのに、想ったってどうしようもないのに、もうなんでこんなに恋しいんだろう。どうして求めることをやめてしまえないのだろう。どうして、助手席にいた百合さんに笑いかける敦賀さんをひどい人だと思ってしまうのだろう。敦賀さんはただ、私を育てがいのある後輩だと認めてくれただけなのに。お料理が美味しいって、思ってくれてるだけなのに。それなのに、敦賀さんに中途半端に縮められてしまった距離感のせいで、私は自分が少しトクベツなんだと、彼の中に居場所がある存在だと思ってしまった。

こんなの嫌だ。何の罪もないあなたをひどい人だなんて思いたくない。

敦賀さんとの「正しい位置」まで離れなくちゃ。これ以上、恋しい気持ちと一緒にドロドロとした汚い気持ちまで育ってしまう前に……



キョーコは空が白み始めてようやくうつらうつらと、意識を手放した。