「敦賀蓮   北園百合  熱愛発覚!?」
興奮した芸能レポーターが、朝の情報番組の中であれやこれやとまくし立てている。
YouTubeの動画は画像が粗いものの、話題のドラマのW主演の二人であることはまず間違いないと判別できるレベルのものだった。

悟とキョーコは、鍋の残りで作った雑炊を朝ごはんとして食べていた。何とはなしに点けていたテレビから、蓮と百合の熱愛疑惑の報道が流れ出したのだ。

「で、でも、本当かどうかわからないよね?だって、現場では二人ともそんな感じは全然なかったし。」
サッと表情を無くした悟に、キョーコは無責任とはわかっていても、ついついフォローするようなことを言ってしまった。

と、悟はキョーコの顔をおもむろにじっと見つめて言った。
「俺は、敦賀さんは、最上さんのことが好きなんだと思ってた。」
「……っっうぇぇぇ!!?」
キョーコの見事な発声に、悟は顔をしかめつつ、顔面がムンク化したキョーコに続けて話す。

「そんなにびっくりすること?結構あからさまだったと思うけど。敦賀さんて、いつも最上さんにまとわりついてたし、周りに牽制してたし。ま、それでも俺は最上さんとは友達だと思ってるから、牽制は堂々と躱してたけど。」

キョーコはムンクのままだ。
「てか、どう考えても敦賀さんの言動って普通じゃないでしょ。本当は最上さんだって思うところがあったんじゃないの?」

キョーコは、う、とつまる。たしかに蓮と自分との距離はとても普通とは言えない。でもそれを肯定してしまうと、蓮が自分に気があると認めるようなものだ。適当な切り返し方がわからず、何も言えずに押し黙る。その様子を横目で見ながら悟は続けた。

「でも、夕べので、本当は百合さんと敦賀さんはデキてて、敦賀さんが最上さんを隠れ蓑にしていたんじゃないかって思ったんだ。最上さん、見えてた?敦賀さんの車のダッシュボードに、スワロフスキーの紙袋が置いてあったの。きっと…プレゼントだよね。それに…百合さんの笑顔は……夕べ敦賀さんと話していた百合さんは……恋をしている目だと思ったんだ。
てゆーか、百合さんと敦賀さんて本当にお似合いっていうか。百合さんにこんな気持ちを持ってなければ、あんな釣り合いのとれたカップルの横恋慕なんて考えもしないよね。」

キョーコは、悟の言葉を処理しきれずに混乱した。蓮からの自分への好意なんてものは、もちろんあり得ないことだ。でもだからと言って、あの優しい先輩から、体よく利用されていたなんてことも、あっさりと受け入れられることでもなかった。ただ、蓮には百合のような女性がお似合いだというのは、痛いほどわかっているつもりだ。

ほとんどまともな返事を返してこないキョーコを悟は見つめていたが、チラリと時計を見た。
「さ、時間が無くなる。食べて出よう。」
悟がそう言うと、二人は急いで支度を済ませて出掛けた。


ところが、二人が電車に乗ろうとしたところで、悟の携帯電話に連絡が入った。機材トラブルと、蓮と百合の報道も相まって、ドラマ撮りは午後スタートへ変更になったという業務連絡だった。

ぽかりと時間が空いてしまったため、キョーコはお風呂に入り着替えるために一旦帰宅することにした。

睡眠時間はかなり短かったが、キョーコは眠くはなかった。悟と別れたキョーコの頭の中では、夕べの蓮と百合のこと、悟の独白と、蓮の不可解な言動への悟の考察、キョーコ自身はどう行動するべきかということが、ぐるぐると回っていた。


昼前、気持ちが落ち着かずに早く着いてしまったテレビ局で、キョーコは蓮と社と遭遇した。お互いの距離は遠く、そのままのスピードで歩けば完全にスレ違い、声も交わせない程だ。なにせ1階の人通りの多いホールだ。近づくには、人と人の間をぬって行かなければならない。キョーコは、まるで自分と蓮の本当の距離のようだと思った。気を抜けば、じわりと瞳が濡れそうになる。

(ダメよ、キョーコ、あんたは一応女優のはしくれでしょ。『敦賀さんに鍛えられてる』んじゃないの?しっかりしなさい!)

キョーコは、何度もシミュレーションした通り、サッと仮面を被った。「先輩をただ純粋に尊敬し、先輩の幸せを心から応援する『京子』という名の後輩の仮面」だ。


(こんにちは、敦賀さん、社さん。)
という意味を視線に込めて、そのまま離れた位置から薄く笑顔を貼りつけてペコリと綺麗なお辞儀をする。蓮は、どこにいても視線を集めるし、話しかけられる。いつもは「あいさつをすることがマナー」とばかりに走り寄るが、本来ならば、キョーコがいちいち近づけるような存在ではないのだ。しかもあの報道で注目度何割増しだろう。ただでさえぎゅうぎゅう詰めのスケジュール。キョーコとあいさつなど交わしている場合ではないだろう。

社が、パアッと笑顔になり手をあげた。あいさつが済んだと思ったキョーコは、そのまままっすぐに行ってしまおうとした。しかしその様子を見て慌てたような社が、小走りで近寄ってきた。

まさか向こうから近づいてくるとは思わなかったキョーコは驚いた。先輩に手を煩わせては、と、キョーコも不自然にならない程度に足早に近づく。

キョーコは、この瞬間の台本を描き、反芻してきた。予定と違ってドラマの現場ではなかったが、キョーコの頭の中でカチンコが鳴った。

(敦賀さんに会ったら、自然体自然体自然体自然体。余計なことは言わず、でも、向こうがあの話題を振ってきたら、ただ敦賀さんと百合さんを応援していると伝えればいい。せれがきっとイチバンそれっぽいはず!そう、ただの後輩らしくふるまうのよ、キョーコ!)

「ネットって怖いよね~。あることないこと無責任に垂れ流しにしちゃってさー!肖像権とかで、訴えたいくらいだよ!」

ネットに流出された動画に憤慨してます!とばかりに、社はキョーコに盛大なしかめ面をして見せた。

「キョーコちゃんもさ、周りから何か聞かれたら、噂は全くの事実無根だって言ってね!声を大にして!もうこんなんじゃ、困ってる人の人助けもできないよ。ほんっとにさ、百合さんのマネさんの車がエンスト起こして、そこにたまったま!蓮が通りがかっただけでさ!それだけなのにさ!」

社は「プンプン!」という形容がピッタリの様で、不満を噴出し続けている。横で蓮も少し困ったカオをしている。社と同意見だと言いたいのだろうか。
キョーコは、それをウンウンときいていたが、

「かしこまりました、お任せください!って…言いたいところですけど、なんか少し寂しいです。」
キョーコは、悲しそうなカオをしたあと、上目遣いで蓮と社を順番に軽く睨んだ。
そして口元に手を当てて声を潜め、いかにも周囲に配慮してますとばかりに視線を周りに送りながら話す。

「私は敦賀さんの弟子だと自負してるんですよ。そんな私には、ほんとのことを言ってくれてもいいのになって。私、敦賀さんの大事な人のこと、ぺらぺら話したりしません。お二人が過ごされる時間のためには、御協力を惜しみませんのに。」

言いながら、キョーコ自身の心臓がえぐられているかのように痛む。それでも、なんとか表情を固定したまま言いきった。
反応がないことを不思議に思い、ふと視線を蓮と社に戻すと、二人の表情が凍りついていて、キョーコはうろたえた。

「…君が、俺に、それを、言うの?」

やっと話した蓮の声は、ほの昏く、悲しそうに歪んでいた。まるで迷子の子供みたいに不安そうな顔を直視できなくなったキョーコは、サッと視線を下げた。

「い、いつもお世話になりっぱなしの愚弟子で、申し訳なく。私なんかでも何かできたら…って…。出過ぎたこと言ってすみません…」

キョーコは、頭を下げてさらにうつむく。もうまったく笑えていなかった。女優のはしくれが聞いてあきれる。この表情を見られる前に早く行ってほしかった。

「…そんなこと言ってるんじゃなくて……」
頭上で蓮が何かを言いかけた気配を感じたが、社の「れ、蓮……ここ、ロビー。」という気遣わしげな声に遮られた。
「…はい。…ふぅっ。最上さん、じゃ、午後から現場で。」
「はい、本日もよろしくお願い致します。」
キョーコはさらにお辞儀を深くした。

蓮の気配はすぐに喧騒にかき消えたが、キョーコはしばらくその場に立ち尽くしていた。