蓮さん視点です。

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そろそろ限界だとは感じていた。


「尊敬する大先輩」
「敦賀教教祖」
「天上人」
そんなふうに思われたいわけじゃない。そんな存在で納得できるわけがない。
一人の男として、彼女にとってただ唯一の存在になりたい。
その欲求は大きく膨れ上がっていた。

それでもその欲求は、彼女のラブミー病が治るまでは悟られてはいけないものだと思っていた。そう決めつけていた。
彼女との現状に満足していなくても、先輩としてさえそばにいられなくなるような最悪の事態だけは避けたかったから。


ただ、彼女への想いが、内に秘めておくにはあまりにも大きくなりすぎているとの自覚もあった。


最上さんとのドラマの共演が決まったのは、そんなふうに追い詰められ始めた頃だった。

「ぐぅーふぅーふぅ。」と気持ちの悪い(←コホン、失礼。)笑いと共に敏腕マネージャーがもたらしてくれた吉報で、撮影が始まることがいろいろな意味で楽しみだった。
何よりも、仕事をしながら彼女のそばにいられるし、女優として成長中の彼女と演技をぶつけ合えるのも、俺の役者魂が純粋に喜んでいた。

いざ「顔合わせ」をしてからは、格段に一緒にいる時間が増えた。演技の指導を乞われた俺は(実際には、ぐぅーふぅーふぅのお兄さんが)、嬉々として時間を割いた。
彼女はそのお礼にと、俺のマンションで食事を作ったり、弁当を持参してくれて、控え室で一緒に食べたりしていた。


顔合わせの頃は、最上さんが可愛いくて思わず手が伸びかけたものの、そのまま引っ込めて我慢していた。でも、そのうちにいちいち我慢していることに無理を感じてきた。
ふと、「このくらいはいいかな」と思い、「よくできました」「頑張っておいで」「ありがとう」と理由を見つけては頭をヨシヨシと撫でたり、背中をポンポンとあやすように叩いたりするようになった。

接触の多さに、はじめはアワアワと挙動不審だった最上さんも、最近はそんな距離感に慣れたようだ。目線はそよそよと反らされてうつむかれるものの、頬を染めてほにゃりと笑ってされるがままになっている。
そんな最上さんは最強に可愛いらしかった。そのせいで、その行為の頻度は明らかに一般的な範疇を逸脱していった。


そしてついに、俺は己の限界を認めざるを得なくなった。


彼女もたまたま同じ局で仕事があったらしく、届けてくれた弁当を俺の楽屋で一緒に頂いた。
「最上さん、今日のお弁当も美味しかったよ。ごちそうさま。午後も仕事頑張るね。」
言いながら、俺の横で弁当箱を手提げ袋にしまう、最上さんの後頭部に左手を伸ばす。
最近の習慣から俺の手が来ると予感したのか、少しだけ緊張した面持ちで俺の手を待ち受ける最上さん。
なで〰なで〰と優しく撫でる。
「ふふ、おそまつさまでした。」
こちらを見ないが、くすぐったそうな気持ちよさそうな顔をして頭を預けてくれる。

(ああ、ほんと可愛いなあ。)

そう思って横顔を見つめていると、最上さんが一点を凝視したまま固まっているのに気付いた。どうしたのかと視線を左にずらすと、自分の手が、最上さんの髪の中に差し入れられて後頭部から首筋にかけて摑んで感触を確かめるように揉みこんでいるのを発見した。

「あ、ご、ごめん。」
無意識に何てことをしでかしたのだろうと、あわてて手を離す。気の利いた言い訳も思いつかない。

一瞬の沈黙。

「い、いえ!ちょうど頭が凝っていたので気持ちよかったです!ででではっ!」
ババッと全身を赤くした最上さんは、弁当箱を抱え込むとベコリッと頭を下げて、俺を見ないまま脱兎の如く楽屋を飛び出して行った。


………気持ちよかったって………。
……最上さんに気を遣わちゃせだめだろう。
「はああぁ〰。」
勢い良く閉められたドアを見つめて、深い深いため息が出る。

とてもお礼で撫でるタイプの触り方ではなかった。男女が触れ合う時のそれを彷彿とさせるような、粘着質な触り方だったから。きっと最上さんは本能のレベルで身の危険を感じたに違いない。


…そのうち俺は、彼女の同意を得ずにさらなる行為に及びかねないじゃないか。もうこれは告白して、彼女に堂々と手を出せる権利を手に入れるべきなんじゃないのか。告白なんてあり得ないとか、彼女に受け入れてもらえないんじゃないかとか言ってる場合じゃないっていうか、それ以外にこの危機的状況を乗り越える妙案なんか浮かばないし。

(悶々悶々。ぐるぐる。)

「想いを伝える」なんて、凹凹の頭で考えた思い付き。

でもそれでも、冷静に「待った」をかける俺もいる。「想いを伝えるのはこのドラマの撮影が終わってからにするべきだ」と。撮影期間中に告白して、まあ彼女の出方次第だけれど、気まずくなったとして、仕事に支障をきたすのは避けたい。万が一そんなことになれば、きっと多大な被害を被るのは彼女の方に違いない。そんな可哀想なことは絶対にしたくないし、現状にそう不満があるわけでもないのだから、焦ることもないだろう。

そうだ、それまでは彼女を怖がらせないように。それだけは気をつけよう。
枯れきったゴムでできた俺の理性を、セメダインで補強する絵を思い描いて、俺は表面上はなんとか取り繕うことを決意した。