あの時、杉山君との関係で、最上さんから希望通りの返答がきけた俺は、正直なところ少しうかれていたことは否めない。
心のどこかに隙ができて、注意力も散漫だったのかもしれない。
あとになって後悔してもあとの祭りだけれど…。




最近、北園さんの様子がおかしくなっているのには気付いていた。
ドラマの撮影が始まってから、なかば最上さんを取り合うかたちになっていたのに、北園さんが全く最上さんに構わなくなったからだ。
俺としては、最上さんを独り占めできることが嬉しかったが、最上さんはやはりしょんぼりとしていた。
そんな最上さんが可哀想で、余計なお世話とは思ったが、間に入ってみようかなとタイミングを見計っていた。


(ん?あの車は北園さんところの…。)

蓮は、次の仕事に行く途中で信号待ちをしていた。社は、大学の友人の結婚式の二次会のため早々に戦線離脱していたため、一人で移動中だったのだ。

ハザードランプをつけたまま路肩に停まった車の回りを、百合のマネージャーの颯が周りながら、携帯で電話している姿をみとめた。顔に、困ってますと書いてある。車の中は暗くてよく見えないが、女性らしい人影がひとつ。

蓮はもしかしてと思い、近付いて自分の車も路肩に寄せる。

「お疲れ様です!どうされました?」
蓮は言いながら近づく。

「あー!敦賀君!いいところに!実は、車がエンストしたらしくて。大変申し訳ないんだが、百合を次の仕事の桜部スタジオまで連れて行ってくれないか!大御所を待たせてるんだ!無理を承知で。このとーり!」

パンっと手を合わせて拝まれる。

「はい、桜部スタジオなら通り道ですよ。北園さんをお届けします。颯さんもお気をつけて。」
蓮は快く承諾した。



「敦賀君、ごめんね。急にこんなこと。」
「ん、いや。通り道なのは本当だし。」
(北園さんは恐縮しているようだけど、わたりに船とはこのことだ。)

蓮には下心があった。最近の百合の態度の変化の理由を聞いて、キョーコの悩みを減らしてあげたかったから。

(二人きりというのは、北園さんと話すチャンスだ。言いにくいことも言ってくれるかもしれない。)

他愛ない話をしていると、仕事の上がりが同じくらいだとわかった。帰宅時も送ると約束を取り付けて、蓮も次の仕事先に向かった。





「北園さんさ、最上さんとなんかあったの?」
帰宅中の車内。時間もあまりないので早速直球で聞いてみる。
「…っ。」
息をつめたあと、うつむいてしまった百合の後頭部を見て、いきなり踏み込み過ぎたかなと蓮が反省し始めた時。

「ですよね〰あからさまですよね〰。さすがにわかりますよね〰。」
百合がうつむいたまま話しだした。
「ぶっちゃけ言うけど。最上さんにヤキモチやいてる。それでイライラして冷たくあたっちゃうの。」
「ヤキモチ?」
「私、杉山君のことが好きなの。」
「…え?杉山君て、悟君?」

(意外だ。意外過ぎる。二人のツーショットがあまり思い浮かばない。そもそも二人が横に並んで話していることがあったか?)

「うん、そう。杉山悟君。ほとんど一目惚れなんだけど、どんどん好きになって。
だから撮影が一緒で楽しみにしてたのに。なのに、杉山君てば最上さんにばっかり話しかけるし。最上さんて可愛いし、いかにも女の子って感じな特技が多くてかなわないかもって焦って。なのに、最上さんてば敦賀君ともイチャイチャイチャイチャ!杉山君に一途ならまだしも、敦賀まで手玉にとって、そんな女に杉山君は譲りたくないの。でも、二人そろってそういう気持ちなら、杉山君には最上さんがお似合いなのかなって思って。
…もうどうしていいかわからなくて…。」

「そ…か、そうなんだ…。」
蓮は相づちをうつ。

(…俺が手玉にとられてるとか…。ははは…。北園さんも大変なのによく見てるな。とはいえ、最上さんと杉山君がお似合いとか、聞き捨てならないな。)
百合の独白に少しだけ反論しようと蓮が口を開きかけた時、
「…敦賀君がもっと頑張ってくれたらいいのに…。」
百合から急に恨めしげに下から睨まれて、蓮は言葉に詰まる。

「敦賀君がそうやって最上さんをしっかり捕まえておかないから、杉山君の方にフラフラ行ったりするのよ〰。」

最後の方は、なかばヤケで半分冗談で言っているようだったが、
「…ごめん。」
とりあえず百合の言う通りだと、返す言葉もなく、一言謝る蓮。

「や…ぁだ。冗談よ〰。…行動してないのは、私なんだし。敦賀君はアプローチ頑張ってると思うよ。ただ伝わってないだけで。」
百合の憐れみを含んだ声音に、蓮はぐったりした。
(やっぱりそう見えるよなあ。)

「あっ!やっちゃった!」
ん?と蓮が百合をみやると、百合は膝に置いてゴソゴソしていたスワロフスキーの袋をダッシュボードに置いて、足下をキョロキョロ見ている。しかしいかんせん、走行中の夜の車内はかなり暗い。
百合が何か落としたのかと車を路肩に停めて、蓮は車内灯を点けた。

二人で足下をキョロキョロ見たり、シートをずらしたりしていると、
「あ、あった!」
と百合がつまんだものは、桜をモチーフにした、かなり小ぶりなイヤリングだった。

百合にしては珍しいなと蓮が思って、百合がイヤリングを着けているのを眺めていると、
「あ、これ気になる?衝動買いしちゃった。私、いつも大ぶりなアクセサリーばっかりでしょ。ほら、背が高いし、『かっこいい女子特集』とかね、組まれちゃうから。世間様からのイメージあるし。でも、杉山君は、杉山君だけは、『北園さんはもっと可愛いらしい小花とかのアクセサリーも似合うんじゃないの?着けないの?きっと可愛いのに。』って言ってくれて。で、明日着けていこうかなって。杉山君に可愛いって思われたいなあ〰なんてね、エヘヘ。あ、それでね、敦賀君に客観的に私に似合うかどうか査定してもらおうと思って着けてみたの。」
恥ずかしそうに、でも、嬉しそうに笑う百合。

(杉山君はいいなあ。北園さんにそんなふうに思ってもらえて…。最上さんも、少しは俺を男として意識してくれたらなあ。もし、最上さんが俺に可愛いって言われて嬉しいって思ってくれるなら、一晩中抱き締めて耳元で囁き続け…って、一晩中一緒にいたら、それだけじゃすまなくなるけど。)
そんなことを考えながら
「ん、北園さんに似合ってる。可愛いと思うよ。」
蓮が答えると、
「えへ、そう?あー杉山君に明日会うのが楽しみだなあ。」
百合はそれはそれは花のようにふわりと笑った。



車内灯を点けたまま、そんなイワユル「恋バナ」で盛り上がって二人して緩みきった顔(←北園さん、一緒にしちゃってごめん。)をしていた俺達は、当然のようにワイドショーを騒がせることとなった。