こんにちは。
本誌の動向云々に関わらず、『続いているもの』は、書き上げる努力をしたいと思います。
駄文を待ってるよと言ってくださった方々、ありがとうございましたm(__)m
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「苺ちゃん、ごめんなさ「違うの!……………謝らないで。」」
「え?」
翌日のこと。LMEの例の部屋で、私の顔を見るなり謝ろうとした京子ちゃんを、私は止めた。
「『違う』……?でも、LINEには、あのドラマのことで助けてほしいって書いてあったけど……………私……………やっぱり敦賀さんの抱擁は再現できそうにないし……………」
「うん、まあ、助けてほしいことは助けてほしいんだけど、でも、違うの。敦賀蓮さんの抱擁を再現しようとしてくれた京子ちゃんにはすごく感謝してるし、だけど再現できなかったことをどうこう言うつもりは毛頭なくて。それに、もう再現してもらう必要はないから。」
「………ぇっ、」
「だからね、敦賀蓮さんの抱擁はもういいから……………京子ちゃんに、『最上キョーコさん』を再現してほしいの。」
「……………え?…………………………わ、わたし、がわたし、を?」
わけがわからないといったふうの京子ちゃん。そりゃそうだ、素でいれば、それが本人なのだから。でも、それだけでは足りない。それだけでは、私はあのドラマの撮影に臨めない。
「うん、……………でも、あなた本人を再現と言っても条件があって……………………その条件っていうのは……『敦賀蓮さんの抱擁を受けている時の最上キョーコさん』なの。」
「…………………………っっ!!」
京子ちゃんは、目に見えて狼狽えた。
「ごめんっ、ごめんねっ!実は昨日、京子ちゃんと別れたあとにこの部屋に日傘を忘れたことに気付いて、戻ってきて……………そして見ちゃったの。……………京子ちゃんが敦賀蓮さんに協力を仰いで、それを了承してくれた敦賀蓮さんに、京子ちゃんが抱き締められてるところ……………。」
「…………………………っっ!!!」
これでもかと目を見開く京子ちゃん。
「ごめん!!覗き見なんて、最低だったと思う!京子ちゃんに悪趣味だって嫌われるかもしれない、そう思った!……………でも、でもごめん!!おかげで敦賀蓮さんのこと克服できそうなの!ドラマ、演れそうなの!だから協力してほしいの!!お願い、お願い!!この通りっ!お願いっ!!」
京子ちゃんの前で両手をパンと鳴らし、頭を下げて拝んだ。
しばらくして、無言の京子ちゃんの様子が気になって、私がそろそろと目を開けながら顔を上げると、京子ちゃんは、目を見開いたまま固まっていた。
「……………京子ちゃん?」
「……………ぁ、……………ぇ、と。私が……………敦賀さんに抱き締められてる……………私を……………再現?」
京子ちゃんは私の言葉を反芻すると、一瞬で全身を赤く染め上げた。
…………………………っ!!
これっ、これだぁぁっっっ!!!!
そう、これっ、これよっっ!!!
この顔よっ!!!
私はその瞬間、京子ちゃんの様子から色々なものを獲得した。『敦賀蓮さん(が演じる男)を想う女の子』を私が演じるために必要な、色々なもの。あの男性………美しい顔立ちと、大きくて力強い体躯を持ち、あたたかく優しい雰囲気を纏う。そして、その全てで女性を護るように愛おしげに包み込む、甘くて深い抱擁。そう、それを享受する女性の姿。それは、敦賀蓮に抱き締められていた京子ちゃんの、姿だ。
いける!
うん、これならいける!!
私は、私は……………『京子ちゃん』になるんだ。京子ちゃんになって、京子ちゃんの目で敦賀蓮を見るんだ!敦賀蓮は俳優だから、きっと、私のことを京子ちゃんを扱うように扱ってくれる。だから、私も『京子ちゃん』になっちゃえばいいのよ!
うん、そうよ!
よし!……………よし!!
我ながらグッドアイデーア!!
でもそれには、京子ちゃんにはもっと色々と再現してもらう必要がある!
見せて、京子ちゃん。
私に見せて。
敦賀蓮に恋する京子ちゃんを。
敦賀蓮の接触を受けて、それを喜び受け入れる姿を。
さあっ!私に情報を!
敦賀蓮を想い、敦賀蓮に想われる、そんな女の子の情報を!
ギブミー、『恋する京子ちゃん』!!
「京子ちゃん、てさ、敦賀蓮さんのことを……好きなんだね。」
だから私は、そう言って踏み込んだ。
『恋する京子ちゃん』を、もっと知るために。
なのに。なぜか京子ちゃんは、また目を見開いたあと、ひどく怯えたような、そして悲しげな、そんなふうに縮こまってしまって、私から目線を外してしまった。
あれ?恋する京子ちゃん、は……………?赤面は?嬉し恥ずかしは?
「…………………………ぇ、と。京子ちゃん……………?」
どうしたのかと京子ちゃんにそっと訊いてみる。
「……………私……………やっぱりわかりやすかった?顔に…出ちゃってた…………?」
……………それは、敦賀蓮への気持ちがってことかな?
「……………ぇ、あ、うん…。京子ちゃんは敦賀蓮さんのことを好きなんだなって、思ったよ…?」
私のその言葉を受けて、さらに絶望したように暗く沈んでいく京子ちゃん。
「うう……………。私、考えなしだった……………。苺ちゃんを助けたい一心で、敦賀さんに抱擁を指導してもらったけれど、そんなことをしたら、こんなに浅ましい気持ちが表面に出てくるなんてこと、少し考えれば予想ついたのに…………………………敦賀さん、今頃は…私の様子が変だったことに気づいて、そしてさらに私のこの気持ちにも気づいて……………っっ」
この世の終わりみたいに真っ青になる京子ちゃんに、私はわけがわからない。
……………『浅ましい気持ち』ですって?
そういえば昨日も、敦賀蓮が去る前の京子ちゃんは、傷ついたようなショックを受けているような、戸惑ったようなそんな感じだった。
……………京子ちゃん…何で…そんな顔するの?
私は、京子ちゃんの表情の理由がわからなくて、さらに踏み込むことにしてしまった。
「なんか……………マズいの?……………だって、敦賀蓮さんも、京子ちゃんのことを好きだよね?……………さすがにそれには気づいてるんでしょ?」
敦賀蓮は、こんなにいい子の京子ちゃんを好きらしい。だから、敦賀蓮は女を見る目はたしかだと思った。それに、昨日のあの一連の言動を見ることができて。おかげで親近感だってわいてきた。
なので実は私は普通に、二人の恋愛に興味が出てきたりもしている。京子ちゃんは私の質問に拒否反応は示していない。もっと突っ込んでも大丈夫そうに見える。
「…………………………あ、あ。なるほど。苺ちゃんは、昨日あれを見ていたから……………。違うよ。敦賀さんには他に好きな人がいるの。前にね、本人が話してるのを偶然聞いちゃって。」
「好きな人?それ……………京子ちゃんのことじゃないの?」
「違うよ…違うに決まってる…………。多分、私と会う前からじゃないのかな。親しげに名前を『ちゃん付け』で呼んでたし。……………私はずっと、『最上さん』だし。」
「……………ん、と、でも、それって『前』なんでしょ?もしかしたら、その人のことは敦賀蓮さんの中ではもう終わってて、今好きな人は京子ちゃんなんじゃないのかな。」
「…………………………ほんとに違う、よ。私なんか……………格下の手のかかる後輩ってだけで、あんな素敵な人に心を向けてもらえるような、そんなわけないし。」
「いやいや、京子ちゃんだって、かなり素敵な女の子だよ。それに敦賀蓮さんのあの様子だと……………、」
「うん、苺ちゃんの言いたいことはわかるよ。敦賀さんのあの言動は誤解を生むよね。女の人に勘違いされやすいから気を付けた方がいいって、敦賀さんには前から何度も忠告してるのに、あの人治らないのよ。きっと、紛らわしいことを言っちゃうのは性分なんでしょうね……………。特にね、敦賀さんは、私が以前と変わらず『恋愛を否定している安全な女』だと思ってるの。だから、敦賀さんがああいうことを言っても、私がその気にならないと思い込んでて。それで、からかってるのもあるのか私にあんなことを……………。最近はそれがわりとひどくて……。私がそのことにどれだけ傷ついているかなんて、きっと想像もしてないのよ……………。」
「……………ぇぇ〰。からかうって……………。普通に、想ってることがけっこうわかりやすかったけど…。」
「だからそれはね、敦賀さんは恋人の抱擁をしなくちゃいけないと思って、少し何かの役に入ってたんじゃないのかな?……………あ、例えば今度苺ちゃんと演る役とか……………。」
何かの役に入ってるって?、いやいや、京子ちゃんは敦賀蓮に、役の中でやる抱擁ではなく、『敦賀さんの抱擁』って条件をちゃんと出してたよね?
それに……………もしかして京子ちゃん、私に話しながら、京子ちゃん自身に言い聞かせてる……………?
まるで、敦賀蓮の甘やかな態度に、彼の気持ちを信じてしまいそうなのに、一歩手前でなんと踏みとどまってるみたいな……………。
…………………………。
これは……………私の知らない何か……………二人だけの裏事情があるのかな……………。すごくややこしい裏事情……………京子ちゃんがあれだけのことをされても、『なんでもないこと』として片付けてしまおうとする何かが。
ふーん。そうなんだ。
そっかあ。
でもさあ、京子ちゃん。
見上げてみれば、わかるのに。
敦賀蓮のあの顔を。
素直な気持ちで見上げてみれば、わかるのに。
京子ちゃんを抱き締めて、幸せに浸っているあの顔を、真摯に京子ちゃんを求めるあの瞳を見れば、きっとわかるのに。
『敦賀さん、あなたのことが好きです』って、自分の気持ちを隠さずに見上げてみれば、わかるのに。
そしたらきっと、彼の京子ちゃんへの恋心なんて、京子ちゃんにも一目瞭然なのに。
そっか、そっかー。
今の京子ちゃんには、わからないのか……………。
………じゃあ………………よし、その『因果』、この小花苺が取っ払ってみせましょう。
私の根深いトラウマを克服する糸口をくれた二人に、ささやかながら、お礼がしたいの。
トラウマの解消とはいかなくても、少なくとも敦賀蓮のことは克服できると思う。だから、この大切なお仕事もやり遂げられる。
でもまずは、そのためにも京子ちゃんに『恋する最上キョーコ』さんを見せてもらわないとね。
「……………わかった、京子ちゃん。ごめんね。何も知らないくせに勝手なことを言って。」
「う?ううん、私こそごめんね、なんか変なところ見せちゃって……………」
「違うよ、変なことない。……………だからね、ごめん、無理を承知で……………協力してもらえませんか?」
「……………!!…………………………ぁ、うん、………………………………………『あんな私』でも…苺ちゃんのお役に立てるのなら………………………。」
そう言って、京子ちゃんははにかんで笑ってくれた。
「や!お役に立ちまくりですからっ!」
「……………ふふ、ほんと?ありがとう……………。じゃあね、苺ちゃんを敦賀さんに見立てて、『私』を演じるから…私を抱き締めてくれる?………あ、身長差も必要だから……………えっと、私がこの椅子に座るから、苺ちゃんは立ったままで。」
「………うん…!!ありがとうっ!…では、よろしくお願いします!」
私は丁寧に数秒かけておじきをした。そして、次に京子ちゃんを見た時にはもう、京子ちゃんは『敦賀蓮を見つめる最上キョーコちゃん』になっていた。
……………っうあっ!?
かぁわぁい〰〰ぃっ
京子ちゃん、可愛いよ〰っ!
ってか、そんな可愛い顔で見上げられたら、超照れるんですけどーっっ!!
……………よぉっし!私もいっちょやりますか!
「最上さん……………ぎゅってしてもいい?」
京子ちゃんの演技に比べたら陳腐なものだけれど、私も精一杯敦賀蓮になってみる。
私の下手っぴな演技に、京子ちゃんは、完全に『敦賀蓮に対峙する素直な最上キョーコちゃん』になってくれていて……………
「…………………………は、ぃ、……………お願いします……………」
京子ちゃんは小さな声で答えると、スカートを握って、きゅっと目をつむった。
好きな人の抱擁を期待して待つ京子ちゃん。
頬はほんのり色づいて、睫毛はふるふると震えている。心なしか呼吸も早くて少し浅い。きっと、とても緊張しているのだろう。
きゃあぁーっ!!
なんって、なんって可愛いのーっっ!キュンキュンするーっっ!
可愛いっ可愛い可愛い可愛いっっ!!京子ちゃん可愛い!!
ああっ、もうほんと!!
見上げてみれば、わかるのに!
そんな可愛い顔で見上げられたら、敦賀蓮なんて顔面沸騰だよ!笑み崩れるよ!!
その可愛い顔で見上げてみれば、わかるのに!自分の『抱擁待ち顔』が、どれだけの破壊力があるかってことを!もうっもうっ!京子ちゃんと敦賀蓮の二人の間の問題ってなんなの!?
そんな私のもどかしい気持ちを知らない京子ちゃんは、しっかりと『最上キョーコちゃん』を再現しつ続けている。私の体にそっと腕をまわし、私のシャツを遠慮がちに掴んだ。
そんな京子ちゃんをもっと見たくなった私。
「ね、最上さん……………君の顔が見たい、な。」
そっと、優しく声をかける。
「……………………ぅ……はぃ……」
京子ちゃんは、おずおずと顔を上げた。
京子ちゃんに見上げられながら、私は京子ちゃんの表情を脳に焼きつける。『敦賀蓮に恋する、可愛い可愛い表情』を。この顔を、ドラマの役で再現するのだと強い想いを抱きながら。