空言(そらごと)・・・嘘、偽り事。

【注意書】
このお話はパラレルです。
非現実的で、意味不明です。

原作と氏名が異なる人は、関係性が原作と同じでも、見目も人格も異なります。例えば、蓮の父親・・・「敦賀幸司」という名前で、純然たる日本人です。蓮の父親だからとクーを重ねてしまうと違和感満載といったお人です。もともとオリキャラが多めのぽてとのお話ですが、今回はそんなんばかりになります。そんな話でもいいよって方はどうぞなのです。あとぽてとは、以前から明示していますが、現場一筋の看護師です。一般的な会社勤め人の知識やマナーが全くありません。そのため、作中でも不適切発言が爆発しています。そんな残念なお話でもいいよって方は、どうぞなのです。





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「キョーコ、二週間の研修お疲れ様!」

蓮のご機嫌過ぎる声。一志は驚きのあまり、無意識に二人に近付いた。

蓮はキョーコに花束を差し出しながら、「頭痛くならなかった?」と労りの言葉を口にしている。


「例年、受講者から地獄のようだって酷評で有名な研修だし、俺も4年前に経験したから、キョーコがスマホを2週間取り上げられることはわかってはいたけど。でも、こっちに残った俺の方も地獄みたいに辛かった………。」

「……はい。二週間の間、蓮さんと全くやり取りできなかったのは、かなりしんどかったです…。」

「うん。…さっきキョーコから、研修の打ち上げ会が自由参加だから辞退して新幹線に飛び乗ったってLINEが入った時は、何かのトラップかと思うくらいで………だって、嬉し過ぎだし……!!」

「あ、あの、蓮さん、お仕事は終わって…………?」

「うん?あ、晩御飯食べてきたところ。」

「…………えと、あの、ごめんなさい。元々は、明日の新幹線で帰ってくる日程だったのに、私が寂しくて我慢できなくなってしまって……。約束も無いのにいきなり蓮さんに連絡取ったりして……。蓮さんもしかして、何か用事があったんじゃ………」

「ううん、ううん!用事なんて無い。キョーコが早く帰ってきてくれてすごく嬉しい……………俺に連絡くれて、本当に、本当にありがとう。」

そこで一志は気づいた。

蓮の瞳に、熱が籠りはじめたことに。

キョーコを見つめる蓮の目は、もう『男』のものだ。

「………ね、キョーコ。キョーコのうちに………早く行きたい。」

一志は反射的に娘の身の危険を感じて、キョーコを見た。

そして、一志は驚愕で固まった。

その蓮の視線を受け止めるキョーコが、少し俯いたが、その表情は、嬉しくて仕方ないことを表していたからだ。ハニカミ、赤面している。そして、チラ、と蓮の胸元に送ったキョーコの視線は、完全に『女』のそれだった。

蓮がサッとキョーコの荷物を取ると、空いた方の手でキョーコの手をとり指を絡める。

と、足並みを揃えて向かおうとしたその先には、一志が立ち尽くしていて……………。


そこで一志は、またもや驚いた。蓮が、キョーコと絡めていた手をパッとほどいたから。


「お、ぉ父さんっ」

「……………あ、ああ……キョーコ、蓮さん…こんばんは…。」

「ど、どどしたのっ?」

こんな街の往来。普通に考えればどうしたもこうしたもないのだが、彼氏と恋人繋ぎをしているところをはじめて父親に目撃され、キョーコは完全にテンパっていた。

「……………や、俺は飲み会の帰り……………」

「っぁ、お義父さん、こんばんば!お仕事お疲れ様です!」

あからさまに緊張した様子の蓮。一志は、ああそうか、と思った。キョーコの体に触れているところを、キョーコの父親である自分に見られたらマズいと思ったのか、と。俺に『キョーコを愛している』と嘘をつくのなら、むしろ恋人繋ぎを見せつけた方がいいだろうに、父親の突然の登場に、思わず素が出てしまったのか、と。

「こんな時間に、今から二人でお前の部屋に行くのか。」

「……ぁ、えと、」

狼狽えるキョーコと、さらに緊張していく蓮。

「なんだ、二人して固まって。……俺に叱られるとでも思ったのか?いい大人同士の付き合いだ。細かいことは言わないよ。」

「す、すみません……………」
強張ったままの、蓮の唇がそう動いたのを一志は見て、一志は小さく息を吐いて言った。

「まあ、仲良くてなによりだ。」と。

その時の一志は多分、少しだけれど優しい顔をしていたようだ。なぜなら、蓮の顔がこれまた少しだけれど、驚きに変わったから。

そして、蓮は再びキョーコの手をとると言った。緊張して、でも紅潮した頬で言ったのだ。

「はい、キョーコさんとは仲良くさせてもらっています!」と。

その様を見た一志は、うん、と小さく頷いて、「じゃ、また。」と二人とすれ違って歩いていった。













一志はしばらく歩いて。

立ち止まって。

そして振り返った。


キョーコと蓮の後姿が見える。二人は手を繋いで、歩いていく。時折、体をくっつけたり、揺らしたり。それはとても仲睦まじい姿だった。

蓮の大きな体躯が、広い背中が、頼もしくみえた。その全てで、キョーコを守っているようにみえた。





実は一志は、キョーコを可愛く思いながらも、それを表だって言葉や態度に表してこなかった。それは、一志の心の中のしこりがそうさせたのだ。一志は若かったあの時、無理矢理に愛する女性と引き裂かれ、なりたくもなかった鏡の一族にされてしまった。同時に、愛してもいない女性と婚姻を結ばされ、築きたくもない家庭を守らされた。そのせいで生まれた、一志の憤りや悲しみは決して小さなものではない。それを、自分を不幸に陥らせた親や、親族に示していたかった。うっかり幸せそうな顔をしてしまって、『ほら、私達の言う通りだっただろう?鏡人様の傘下に入れば、幸福は約束されていたんだ。』と、鼻で笑われたくなかった。一志は、当時のことは許せないことだったのだと、死ぬまで許す気は無いのだと、主張し続けたかったのだ。そして、それだけではなく。一志は、当時さしたる闘争もせずに、自分は不幸な身の上に生まれたのだと、勝手に自分の人生を諦めてしまった自分のことも、許せていなかった。不幸顔でいることは悔しく、何も望まず、ただ平穏を装って生きてきた。仮面を被り続けてきたのだ。


(……でも、キョーコには責任は無い。それに、蓮さんにだって、責任は無い。だから俺は、頑なに蓮さんを拒んでいてはいけないんだろうな。俺には、検討する義務があるのかもしれない。蓮さんを、本当に信用できる男なのか、キョーコを大切に慈しんでくれる男なのか、そう検討する義務が。…………そうだな、見ていよう。ちゃんと彼の言葉を聞いて、彼の姿を見続けようじゃないか。)


一志は、『敦賀蓮』という人物に不信を抱くことは、フェアではなかったなと思った。


ふと、今朝の玄関での冴菜とのやり取りを思い出した一志。携帯をポケットから取り出すと、キョーコに向けて、メールを送信した。
『今度また二人で家に遊びにおいで。新作のチョコレートケーキを皆で食べたいなと母さんが言っていたよ。』と。


ややあって、『うん、行く!ありがとう(*^^*)蓮さんもぜひにって!あ、蓮さんがもっとたくさん私のアルバムを見たいって言ってるけど、小4の運動会の写真は恥ずかしいから隠しておいてね!』とキョーコから返信が来た。

一志は、先程のキョーコの幸せそうな笑顔を思い出して、少しだけ泣いた。





















「れんしゃん。このおしゃけ、おいひいねぇ〰。れんしゃんのおすすめは、いつもおいひぃねぇ〰。」

キョーコは、リビングの床に敷かれたラグの上にぺたんと座ったまま、蓮をとろんとした瞳で見上げた。

「ん。」

「おうちでのむと、ゆっくりできていいれぇ〰……………なあに、じっとみて…」

「ん、キョーコちゃんが、かわいいなあって。」

「………うひっ、れんしゃんも、かっこいくってぇ〰、しかも甘えてくれるときは〰、とぉっても、かあいいでしゅよ〰」

キョーコは力の入らない手で、蓮の頬をさらさらと撫でた。

「ん、ありがと。嬉しいな。」

「うん、うひうひ。」

「……結納、疲れた?今日はお酒のまわりが早いね。」

「う〰〰、ん、…つかれたね?」

「だよね、ごめんね。母さんがキョーコを構い倒してたから…………。…こんなことになるのなら、母さんをずっと我慢させておかないで、時にはランチくらいは譲っておけばよかったよ。今まで俺が、キョーコが可愛いからって独占し過ぎた。本当に反省してる。ごめん。」

「うひ〰、あいがとー。………えへ。しあわせ」

「ん。俺も。」

しばし、まったりと抱き合う二人。

「それにしてもさ、結納の日取りは、何で今日の8月まで延びたんだろうね。鏡はいったい何を考えて……………ね、キョーコ。…………………………キョーコ?」

返答の無いキョーコに、蓮は疑問を持つ。


すると。くー、くー、くー、と、蓮の胸元から規則的な寝息が聞こえた。


「……………あれ、キョーコ、寝ちゃったの?……ねえ、キョーコ…………キョーコ……?………そっか…………。……………ふう………さっき、お風呂で頼み込んで1回させておいてもらってよかった……。」

蓮は、キョーコとの睦み事を希望する、血液のたまりはじめた自身の下半身を『さっき一度したんだから、落ち着きなさい、どうどう。』と手綱をひいて鎮めると、再び思案顔になった。


(俺……………キョーコとの未来が確約されてから、浮かれに浮かれてたけど………そういえば、なんかちょっと不安になってきた………かも。今日の結納の日取りだってそうだけど、鏡は、相変わらずそうやって、俺達、鏡の一族へ命(めい)を出してくるわけで。鏡の……………気まぐれ……………とか、ただの思いつき、とか…………はたまた何かしらの野望とか…………そんな理由……で、今後俺がキョーコを失ったり……………ということもないとはいえないよな?……………いや、鏡は、『キョーコとは生涯離縁は認めない、添い遂げよ』と言った。だから、引き裂かれることはまずないはず…………だけど…、)

蓮は、ふるふると頭を振った。

「あ〰ダメだ!あんな昔話を思い出してから、………変なことばかり考えてしまう。」

蓮が、元大財閥に関する仕事中のやり取りの中で突如として思い出してしまった、『とある命(めい)』。

その命(めい)は、鏡の非道な命(めい)の中でも、特に非道だと、密かに噂されている類いのものだ。蓮が子供の頃、親戚の大人達が怯えて話しているのを聞いたのだ。

時は大正、戦前の出来事。ある鏡の一族の、家同士の婚姻が成立した。両家は、鏡の一族の中でも本家よりの有力な家柄で、その両親達は婚姻の成立を心から喜び、安堵のため息を漏らした。ところがそれも束の間、なんと、新婚初日に下されたれた命(めい)は驚愕の内容だった。新妻を、某有名政治家に愛人として差し出せ、というものだったのだ。しかも、鏡から許しが出るまでは、夫は妻に触れてはならないというもので。結果として、どんな悪辣な命(めい)だとも、鏡に逆らうという選択肢はその両家には無く。…………その新妻は、親族に指示された通りにその政治家を誘惑し、見事に愛人の座を手に入れた。そうして。政治家にパイプの出来た当事者である両親と夫は、権力と富を得た。その後、この命(めい)が本当に非道でしかないと言い伝えられるゆえんだが、鏡が、妻の肌に夫が触れることを許したのは、夫婦が還暦を過ぎてからであった。冷酷無慙として、いまだに恐れられる命(めい)。そして今まさに、幸せの真只中にいる蓮を不安に陥れている命(めい)だったのだ。




「俺…の思考は…………飛躍し過ぎ…………かな?…………………………でも、」


でも、蓮は、鏡の言いなりになって、キョーコを失う、もしくはよその男に差し出さなければなれないかもしれない未来を恐れた。蓮の全身の細胞が、この命あるかぎり、キョーコをただひたすらに愛でたいと叫ぶのだ。キョーコとの幸せな日々に、鏡による横槍が入る可能性を怯えて暮らすのはごめんだ、と。



「鏡に……………直談判にいくか。」



蓮は、キョーコを抱え直し深く抱き込むと、ゆっくりと目を閉じた。

「俺が、キョーコをどれだけ愛しているか……………鏡にわかってもらうんだ………。なんとしても。」


蓮は祈るような気持ちで呟いた。