こんばんは。




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必ずでごんすよ?

ちなみに、ぽてとのボキャブラリの無さや、社会常識の無さ、偏見の塊です。





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「おめでたですよ。最上さん。」

産婦人科医の穏やかな声が告げる、私の妊娠。

(やった、やった、やったぁ…………!計画通り………計算通りになった……………!!!)

私は、心の中で歓喜の声を上げながら、同時に全身が氷のように冷えていくのを感じた。


策略の成功を喜んでしまった、この恐ろしい感覚を、私は一生忘れないだろう。

なぜならそれは、私が本当の悪魔になった、……………闇に堕ちた瞬間だったから。

















《  約一年前  》


「クオンっ、久しぶり〰、私のこと覚えてる?」

「あらミランダ、あんたなんか覚えていたからなんだっていうの?…ね、クオン、今夜は私と、どう?」

「あらっ、先に声をかけたのは私よ!あんたたち、引っ込んでなさいな!」

久遠にまとわりつく、多国籍の女優やモデル達は激しい火花を巻き散らしていた。


その様子を離れたところから見ている私。久遠を中心とした空間は、たとえ現在進行形で久遠の恋人の私だろうとも、とても立ち入れるものではなかった。そもそも久遠と私との関係はまだ対外的には公表していないわけで。








久遠が、敦賀蓮としてハリウッド映画に出演し成功して、そしてクオン・ヒズリという素性も明かして。

久遠は多くのメディアに囲まれる中で、謝罪と、感謝と、役者としての夢を語った。

世界は、そんな『敦賀蓮』を…………『クオン・ヒズリ』を、歓迎した。





4年前、私が18歳の時に、私は敦賀さんに告白された。そして同時に素性を知らされていた。だから、そうやって久遠が世界から認められたことを、一緒に喜び、安堵したものだった。







今、私が立っている場所は、ニューヨークにある三ツ星ホテルのパーティー会場だ。この状況に至ったのは、4ヶ月前の出来事にさかのぼる。久遠が、ハリウッド映画に多額の出資をしているスポンサーのためのパーティーに招待されたのだ。そして、宝田社長や社さんの手配があって、私は「研修」という名目でそのパーティーに参加させてもらうことになった。なので形式上は、私は久遠とは完全に切り離された形でのパーティーへの出席だ。


久遠は、元々アメリカに滞在中だった。その久遠と私は、昨日私がアメリカに着いてから、顔を一度合わせただけ。それも、LMEのアメリカ支社の会議室で、社員さん達も含め挨拶をしただけだ。

今日のパーティー会場でも、久遠とは面と向かって会ってはいない。「ここ」では完全に無名の私は、アメリカで完全復活を遂げて挨拶回りに忙しい久遠のそばには寄らず、時に演出家や俳優に挨拶をし、時に壁の花となって過ごしていた。

ちなみに「とうさん」は、映画の撮影で、南極にカンヅメされている。





夜も更けてきて、様子のおかしい私に気遣ってか、ずっと寄り添ってくれていた社さんが、「今日はもう休もうか。」と声をかけてくれた。その言葉に、ありがたく従うことにする。




私は、今夜泊まる部屋の扉の前でおやすみなさいと社さんに挨拶をして別れた。


「はあ〰っ、疲れた…………………………。」
手近にあったソファに、ダイブする。
目の前に広がるニューヨークの夜景なんて、今の私には何の価値もない。


今回アメリカに来ることを、私はすごく迷っていた。なぜなら、久遠に会いたくなかったから。決定的な別れを切り出されることに、情けないことに怯えていたからだ。



久遠。大好きな、大好きな人。4年前、敦賀さんの、久遠の想いをなかなか信じられず逃げ惑う私を、必死に説得して、必死に愛を伝え続けてくれた人。とても大切に愛してくれた人。

そう、愛してくれていると、私は愛されていると。私達は愛し合っているのだと、そう思っていたのに。


「でも……………現実なんてこんなもんよね……………。」

悲しい気持ちで呟いて、体に力を入れた。

こんなところに転がっていても仕方ない。シャワーを浴びて化粧を落とさなくては。プロポーションはどうにもならなくても、せめてお肌くらいは綺麗にしていたい。女としては久遠に必要とされなくとも、「女優京子」なら、久遠と隣り合って立つことだって不可能じゃない。その日のために、自分を甘やかしてはいけないんだ。




私と久遠とは恋人同士とはいえ、普通の恋人とはかなりかけ離れた関係性だ。なぜなら、交際期間のほとんどが遠距離恋愛だったから。だから、肌を合わせたことだって、一般的な恋人同士に比べたら、とてつもなく少ない。…………まあ、近くにいたからといって、「その」回数を重ねたからといって、彼を満足させられるわけじゃないのだから、同じことだけれど。

先程のパーティーで散々見せつけられた光景。あの久遠の長身、そして鍛えられた体躯と並んでもひけをとらない、プロポーション抜群の女優達。あんな女性達に囲まれたあとでは、こんな貧相ボディなんて、興醒めだろう


社長が、久遠と私にあてがってくれた部屋だけれど、一人で起きていても寂しいだけなので早々に寝ることにした。でも、ベッドに入っても、目は冴えるばかりで眠気なんていっこうに訪れない。

そう、眠れるはずなんてない。

久遠と会うのは3ヶ月ぶりで。私は激しく緊張していた。1ヶ月前のあの日、私は聞いてしまったから。久遠と社さんとの会話を。久遠の………本心を。


あれからの私は、寂しくて不安で惨めで仕方なかった。そして今日、久遠を取り巻く世界を目の当たりにした私は、現実を正しく理解した。夢は終わったのだと。私はもうじき、久遠に別れを切り出される。それが抗いようのない真実。


涙がどんどんと溢れてきて、声をあげて泣きそうになった時、隣の部屋で物音がして、驚いた私の涙が引っ込む。少し警戒してじっと気配を殺していると、聞こえる音からして、おそらくは久遠が帰ってきたらしい。




今夜はもう帰ってこないか、明け方の帰室だと思ってたのに、意外と早かったな……………。



それからしばらくして。寝室のドアが開き、足音を忍ばせた久遠がベッドに入ってきた。


(寝たふり、寝たふり、寝たふりをするのよ、キョーコ!!演技力フル稼働!!)

そうやって自分にしっかりと言い聞かせた時、久遠が私に触れてきた。相当驚いたけれど、まあ無反応で返せたと思う。そのまま久遠は、そうっとそうっと優しく私を抱き締めてきた。多分私を起こさないように配慮してのことだろう。



……………それにしても、久遠はなぜ私を抱き締めてくるのかしら?



……………贖罪、なのかな。


まあそうよね。とても優しい久遠のこと。ごめんねって思ってるのかな。気持ちはもう冷めたけど、まだ形は恋人同士なのに、ほっといてばかりでごめんね、って。そして……………ずっと愛し続けるよって言ったのに、結局は君の危惧していた通りになってしまって…………愛情が冷めてしまってごめんねって。





でもね、久遠。
いいんだよ。
こうなることははじめからわかっていたことだから。
あなたの手をとった時から、告白したと同時に1ヶ月後にはアメリカに発つと言われたあの日から、4年経ったね。……………逆に、4年も別れずにいられて、よくもったほうだと思っているの。
心のどこかで思っていたの。あなたはいつか、あなたにふさわしい女性の元へいく。
だから私は、あなたとの未来ははじめから諦めていますから。

だから大丈夫。
私はあなたを恨んだりしない。
今、別れを切り出されても泣きわめいたり、追いすがったりしない。あなたを失うことが怖くて怖くて仕方ないけれど、悲しくてしばらくは立ち上がれないかもしれないけれど、大丈夫。諦めるしかないことは理屈でわかっているから…………。

きっと、きれいに別れられる。



そうは思っても、今この現実問題、すぐそばに久遠の温かな体。

私の体内に、火が灯る。
久遠を、愛しく想う火が。



こうなっては眠っているふりなんて無理で、私は起きたふりをすることにした。


「……………ぅ、ん?」

「ぁ、起こしちゃった……?ごめん。」

耳元で小さな声で謝られる。

「……………ぅぅん……………お疲れ様です……………」

まるで、今の今まで寝てましたとばかりのくぐもった掠れた声を出す。帰ってこない久遠が恋しくて眠れなかったなんて、悲しくて悔しかったから。

久遠からは、ソープの香りがした。以前、お酒の席から帰宅した時、煙草や香水やお酒の臭いをさせたまま抱きついてきた久遠に、やきもちをやいた私は「その臭いは嫌です」と小さな声で抗議したことがあって。それ以来久遠は、できるだけ他の女の人を彷彿とさせる臭いは落として私に接触するようになった。

久遠は背中から私を抱き締めたまま動かない。私に触れる手は、『ただ』触れているだけだ。そう、男性としての不埒な手つきとは無縁な。ベッドの中に二人きりでいるのに、『何もしてこない』なんて。……………もしかしたら、もう『その気』にもなれないのかもしれない。久々に私を抱き締めてみたら、薄っぺらくて萎えたのだろう。


でも、私の方がダメだ。ただ抱き締められているだけでは足りない。肌を合わせて、私の奥の奥まで満たしてほしい。そう願ってしまって。そういう行為に慣れてもいないくせに、久遠にしがみつくので精一杯で、何も返せないくせに、久遠に抱いてほしいと思っている。


だめだ、このままではまた泣いてしまう。



「……………のど、渇いた……………」

私がそう言うと、予想通り久遠の腕はゆるんだ。半覚醒の演技を続行し、緩慢な動きで半分体を起こして、枕元のペットボトルを手に取ると、ミネラルウォーターをゆっくりと口に含む。


ひと口飲んで、ふぅとため息をつくと、久遠がペットボトルとキャップを私の手からとって、ヘッドボードに戻してくれた。

「ありがとう……、」


ああ、久遠……………!
ああ!久遠久遠久遠!!!
寂しかった!寂しかったの!!!
あなたのことが好きなの!
お願い、抱き締めて!
私を抱いてよぉ……………っっ!


今すぐにでも、泣いて叫んですがりつきたかった。でも、それをしてはいけない。

優しい久遠を、煩わせてわいけない。

叫びそうな心を隠して、眠たい声を出す。

「今、何時ころ……?あしたも……久遠は…朝はやいね、………ありがたいことだけど、大変ね………………ふあっ」

その、私の口にあてた手の、手首をとられた。

驚いて見ると、久遠が下からのぞきこんでいる。

「キョーコ……眠たい………よね?疲れてる……よね?」

「……………ん、さすがに……ヘトヘト………」

平静を装いながらも、ドキドキと鼓動が上がっていく。愚かにも期待する自分がいる。ああ、こういう時の久遠はきっとこう言う。数少ない経験から、私の脳が勝手に期待をした。

「……………一回だけ………でも……………だめ、かな?」

………ああ、ほら、やっぱり言った。

「………っかい?」
ほわほわと、寝ぼけた演技のままで久遠の言葉を反芻する。

「しつこくしたり……………しないから……………ちゃんとキョーコの体力……………考えてするから、だから……………」

久遠は、じっと私の目を見つめてくる。

「………ぁ、はい……………、」
今、ようやくわかった、というていで少し驚いた顔をしたあと、はにかみながら答える。

「………ありがとう。」

そんな嬉しそうに、ひどく幸せそうに…お礼なんて言わないで……………。
私があなたにあげられるものは、この貧相な体だけなの。だから、余計惨めになる。

「……………キョーコ、」

「……………ん?」

「会いたかったよ、会いたかった……………すごく……すごく……………!!」

久遠に強く、強く抱き締められた。

「君がアメリカに来るって聞いてから、今日のこの日が楽しみで楽しみで仕方なかった。さっき本当は…………君が寝ていてもしてしまおうかと思ってた。もう少しで了解も得ずに襲いかかるところだったよ…………起きてくれて本当にありがとう。」

そう耳もとで囁いて、久遠は私の耳朶を喰んだ。
大きな掌が、私の肌を暴いていく。

久遠は、私にいつも丁寧に触れる。本当に丁寧で、それは悲しくなるほどで。私達はセックスをする度に間が空いてしまうから、私の方がなかなか慣れることができない。そのせいで、久遠には毎回面倒をかけていると思う。だからきっと、久遠にはめんどくさいと思われている。

久遠、こんなセックスじゃつまらないだろうな……………。ごめんなさい、もう解放してあげなくちゃいけないよね。…………そう思うのに、私は、久遠がここに帰ってきてくれたことが嬉しくて。久遠が私を女性として求めてくれたことがどうしても嬉しくて。でも、わかってる。私達はじきに別れることになる。



だって、だってあの日、久遠は言ったのだから。私には隠している久遠の本音を、私が偶然に聞いてしまったから。


あの日。アメリカで放送中のドラマの打ち上げで、久遠と社さんの二人がしたたか酔っているのは、打ち上げ最中の久遠との電話で知った。打ち上げを抜け出してかけてきたという電話の向こうで、久遠はお酒のせいでとても気持ちが昂っているようだった。寂しいと言っていた。キョーコがそばにいなくてとても寂しいと。会いたいよ、朝まで抱き締めたいと熱っぽく囁かれた。嬉しくて、私もだよ、と応えた。

それから1時間程して、また久遠から着信があった。でも、久遠は何もしゃべらなくて。聞こえてくる音からして、リダイアルの誤操作なのかもしれないと、通話はこのまま切ってしまおうとそう思った時。突如、久遠と社さんの二人の、おしゃべりの内容がクリアに聞こえてきた。

社さんは、『さっきのさ、ダグラス(久遠のドラマの共演者)の結婚のなれそめ話を聞いてさ、お前も思ったんじゃないのー?キョーコちゃんに赤ちゃんができたらいいな〰って。……………うん、二人の子供なら絶対に可愛いだろうし、みんな喜ぶし、俺も姪っこみたいに色々おもちゃ与えたりしちゃいそうだし、』とからかうように言っていて。そうしたら、久遠は吐き捨てるように言ったのだ。

『え?キョーコに赤ちゃん?…………社さん、あなた何言ってるんですか。そんなの欲しいわけないじゃないですか!要りませんよ!絶対に要りません!』
『………………………………………ぁ、あ、そ、うなのか、ごめ』
『冗談でもやめてください!俺はキョーコが絶対に妊娠しないように、いつも完璧に配慮してますよ。赤ちゃんなんて………とんでもない!それこそ………………身の破滅だ………!』


そう、言ったのだから。