ぽてとです。
どうもです。


『たとえどんなに』への浮気は、効果絶大でした!






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鏡が、鏡の一族へ遵守するように提示していること。それは、『鏡には危害を加えないこと、そして、指示には必ず従うこと。』その2点のみである。

蓮は、幼い時からそれをずっと理解していた。

そして、つまりは。鏡への面会や進言は、禁止事項ではないのだ。

それならば、と蓮は考えた。鏡に直接会って、頼めばいい、と。どうか自分からキョーコを奪わないでほしい、と。キョーコを他の男に譲ったり、遠く離れた土地へ赴かせたり、そのような命(めい)は出さないと約束してほしい、と。

今まで蓮は、鏡に会いに行くことを考えなかったわけではない。でも、それが『悪い方向』に働くことを恐れていたのだ。もしかしたら、底意地が悪いかもしれない鏡を刺激してしまったことで、今後、連にとって劣悪な命(めい)を出させるきっかけとならないとも言えなかったから。だが、今の蓮は、そんなことに怯えている余裕は無かった。なによりも、キョーコと歩む未来を守りたかったのだ。その気持ちは、本物で、そして強いものだった。








鏡は、京都にある。





蓮は早速、鏡を管理している者に連絡をした。鏡への面会のアポイントメントをとろうとしたのだ。かなり緊張していた蓮だったが、面会許可はあっさりとおりた。

蓮は翌週の週末に、京都をたずねることになった。その日は、キョーコが、『親友のモー子さん』と信州に旅行に行くと決まっていたので、蓮としても都合がよかった。

実は蓮は、鏡に会いにいくことをキョーコには内緒にしていた。何があるかわからないからだ。蓮は、キョーコに要らぬ心配をかけたくはなかった。鏡は傷害や殺人の指示は出さないが、それでも、100%安全だという保障はどこにもなかったから。







翌週の週末。蓮は、念のためにと向井直子に詳細を伝え、京都に向けて旅立った。














鏡は、高い塀に囲まれた広大な敷地の奥深くに存在する。管理人に御堂まで通されると、そこには御告人が待っていた。

「敦賀蓮さん。お待ちしておりました。」

「……………この度は突然の」

「いえ、結構ですよ。」

「、はい?」

「わたくしは、ただの代理人です。お話は鏡人様へ……………さあ、どうぞこちらへ。」











蓮は、初めて鏡を見た。

鏡は御堂の中で、蝋燭の灯りに照らされていた。

埃ははらわれ、しっかりと磨かれてはいるが、額縁の加工方法や傷み具合から、永い永い時を経てきたのは明らかだった。




「鏡人様、敦賀蓮さんをお連れ致しました。……………では敦賀さん、わたくしはさがりますので、どうぞあとはお二人だけで………。」

「え、え……………はい、ありがとうございます………。」

蓮は、薄暗い御堂に一人で残され、ごくり、と息をのんだ。






蓮は、どうしたらよいものかと思い、ゆっくりと鏡に近付く。

鏡の中は薄暗い室内をぼんやりと映していた。静かすぎる室内と、鏡からの得体の知れない圧迫感に、蓮の緊張が高まっていく。

と、部屋の空気がずんと重くなるのを蓮は感じた。そして、鏡の中の蓮の姿が、ゆらり、と揺れ動いたのだ。

「…………………………っっ!!」

蓮は、鏡に映る自分自身に見つめられ、息を詰めた。

そうして見つめ合ってどれだけたったのか。蓮が喉の渇きを自覚したとき、鏡の中の蓮が口を開いた。

『わたしは、貴方だ。』と。

「…………………………ぇっ、」
蓮の喉から掠れた声が出る。


『わたしは、何者でもない。』
鏡の中の蓮は、更に言葉を重ねた。


「…………………………?、」

『わたしは、わたしだ。』

「………………………………………」

『わたしは、存在しない。』

「……………………………………??」

『わたしは、ただ、見ている。わたしは、ただ、知っている。わたしは、ただ、感じている。』

鏡の中の蓮は、無表情なまま話し続けた。

『鏡は、ただ映す。ただ、ひたすらに、ありのままを映すだけ。鏡は、色々なものを映してきた。人間の喜怒哀楽も、愛も憎しみも希望も絶望も、全て、全て。……………そして、それを……………人間の脳がありのまま見ないだけ。婉曲し、ねじ曲げ、都合のいいように見ているだけ。』

「…………………………『ありのままではない』…?では、……………今のこれも、私の脳が造り上げた妄想……………?」

『……いや、妄想ではない。』

「……え?」

『鏡が映した人間、自然、世の流れを、出来事を、争い事も目出度い事も、その全てが「念」だ。その全てを、鏡は、宿した。なぜなら、人間は、自然は、この世に存在するものは、全て「力」を持つ。』

「…………………………」

蓮は、鏡の話に、ただじっと聞き入った。

『人が、鏡の映す「もの」を「想いをもって」見ているうちに、鏡は「力」を持った。わたしは、いつからか人に求められた。初めの持ち主は、何者だったか、もうその記憶はわたしには無い。そしてそのうちに、わたしはいつしかひとつの集団に崇められるようになった。その集団が、「鏡人様」という言葉を造り上げた。その集団は、わたしに莫大な「念」という名の「力」を注いだ。それは集団の故意ではなかったが、結果的にわたしを、この世に干渉するだけの力を持つ「何か」にまで押し上げた。集団は膨れ上がり、集団はわたしを敬い、畏れ、「想い」を送り続けた。時代は移っていった。それでも、集団はわたしを護った。その時その時の人の念が、「鏡人様」に、「わたし」に力を与えた。良き念も、悪き念も、全てが、わたしに力を与え続けた。わたしは、人に与えられた力を人に向けてふるっていった。そして、わたしが人に向けて力を使えば使うほど、人からは「念」という「力」が跳ね返ってきた。』

「…………………………」

『わたしから発せられる命(めい)は、わたしの「もの」ではない。人の念が、時代が、作り出したものだ。わたしの意思も意志も、わたしのものではない。人の、世の中のものだ。わたしは、「求められるもの」を鏡に映し「見せている」だけ。』



『良き「念」は、それだけでは虚妄。それだけでは不完全だ。人は表裏一体。悪き「念」もまた真実。時に、怨み辛み絶望空虚…………それら悪き「念」は、絶大な力となる。わたしは、人に必要とされてきた。……………そう、わたしは…………人の念が造り上げた、「エネルギー体」だ。実体は持たぬ。』

蓮は、小さく身動いだ。

鏡人は、話の本題に入ろう、と言った。

鏡人は、すぅっと姿を変え、キョーコの姿となった。

「…………………っっ!」

『貴方が今日ここへたずねてきた理由は知っている。……………鏡は、全てを映すのだから。』

「……………で……………では……………私の願いの答えを聞いても……………?」

『……………勿論。……………貴方が、どれだけ深く最上キョーコを愛し、最上キョーコを慈しみ、最上キョーコを必要としているか、わたしは知っている。……………貴方がそうやって彼女を想い、勤勉に社会の中で勤めているのならば、貴方の発する「念」は、わたしに強い力で働きかけるだろう。……………さすれば、わたしが、貴方からこの女性を奪うことはない。』

「……………そ、うですか……………。……………でも、でも……………ならば、なぜ、戦前のあの婚姻を、破壊するような命(めい)をあなたは提示したのですか?あの命(めい)で、婚姻が成立したばかりの二人は、引き裂かれた……………たとえ婚姻関係にあっても、生き別れに等しい地獄だったに違いない!……どうか、どうかその理由を教えていただきたい!」

蓮は、キョーコの姿をした鏡人に、訴えるように叫んだ。

『あの婚姻には………心が無かった。』

「え?」

『事実はねじ曲がり伝えられる。貴方が知る事実は、「真実」ではない。』

「……………私は、虚偽の伝説を聞かされていると……………?」

『……………貴方にとって、大切な情報が抜け落ちているというだけのこと……………。あの婚姻は、親同士と夫だけが望んだもの。妻は、以前からその政治家とひかれあっていた。しかし、それを知っていた妻の両親はそれを許さなかった。当時は、20歳以上の歳の差は恥であったし、しかも娘は結婚してしまえば一族を出てしまう。なにより、その美しい女を、同族の男が欲しがった。だから、両親は無理矢理その男と婚姻を結ばせたのだ。………そして、夫となった男は、妻が他の男を愛していると知りながら、己の欲望で彼女を汚そうとした。』

「じゃ、じゃあ、」

『そう……わたしは………鏡は、その娘の念に呼応した。結果的に………新婦は、純潔を政治家に捧げることになり……………夫はその後妻に触れることはかなわなかった。夫は………還暦を過ぎ、わたしが許可を出しても、妻に触れることはなかった………。』

「……………………そ、うだったのですか……………」

『無論、冷酷な命(めい)もあった。……………だがそれは、人の「念」がそうさせたもの………わたしは人の「念」に共振しただけのこと。その未来は、わたしが選んだのでは、ない。人が、人の心が選んだのだ。』

こくり、と蓮はうなずいた。

『わたしは、不確かな存在だ。明日、どうとなるかもしれぬ身。おそらくは……………人の心が、わたしの存在を否定し続ければ……………わたしは消え失せる。……………わたしは、ただ、ここにいる限り、ここにいて、人の「念」に呼応し続ける。それだけだ。』




そして。その言葉を最後に、御堂の空気がふわりと軽くなる。

鏡に移る蓮も、もう『ただの蓮自身』だった。















「お話はお済みのようですね。」

蓮が、御堂の扉を開けて外の眩しさに一瞬目を瞑ると、御告人が声をかけてきた。

「……………はい。」

「……………なにか、わたくしに確認したいことは?」

「…いいえ。もう大丈夫です。」

蓮のその穏やかな、だが力強い声を聞いて、御告人は柔らかな笑顔で頷いた。

「あなたは…、あなたの存在そのものの意義が、大きいのです。」

「……………」

「あなたの放つ、『命の力』が、鏡人様を引きつけている。あなたが生きていくことで、鏡は自然に感化されているのです。…………だから、鏡もあなたに干渉する。…………さあ、あなたの場所へ戻ってください。そして、あなたが欲するものを…強く、願って。」

「………はい。」

蓮は、そう応えて、屋敷をあとにした。












ひとりになった蓮は、「『キョーコを俺のそばに』、と強く願い続けろ…………だって?」と小さく呟いた。

次いで。楽しくて仕方がないというような笑顔になった。

「ふふっ…………なーんだ、そんな簡単なこと……………」

そして、蓮の目は、ただまっすぐに前だけを見ていた。

「要は、俺は『普通に』生きていけばいいってことか。」

その声は、もう不安や焦燥は、微塵も感じられないものだった。



















《一年後のとある日の夜》




「……………ね、蓮さん…どうしたの?」

キョーコは、夫の蓮に声をかけた。

キョーコは、寝室のベッドの中で蓮に抱き締められていて、蓮の胸元に顔を埋めているので、蓮の表情を見ることができない。自分をしっかりと包み込んでいる蓮に、その真意を探るように問いかけたのだ。

「……………ちゅ、」

音と感触で、蓮から頭頂部にキスをされたのはわかったが、蓮からの言葉の返答は無かった。

「……………ね、蓮さん、てば。」

今日は、朝から蓮が少しおかしかった。いや、おかしくはないが、少しいつもと違っていた。例えば、何もないときに何も言わずにキョーコをじっと見つめたり、おはようやおかえりただいまのキスが情熱的だったりと、わざわざ取り上げておかしいと言うほどのことでもないことだが、キョーコはなんだかそれらが気になってしまっていた。

しかも、お風呂のあとに寝室に入ってからも、蓮はキョーコをぎゅうっと抱き締めて、そしてずっと抱き締めたまま離さなかった。

「今日は……………なにかあった?」

「……………何も。……何もないよ。」

「そう?」
キョーコは肌で感じ取っていた。蓮の心の揺れ動きを。何も無いなんてことはないだろうと思って、少し不安げな声になってしまう。

「……ん、ごめん。ただ、一年前の今日だったなと思って……………鏡に会いに行ったのは。」

「あ、ああ、そっか、あれからもう一年たったのね。」
あのあと、キョーコは蓮に事の次第を聞かされていた。

「…………でね、それを今朝ふと思い出して……………ああ、ありがたいなって思ったんだ。キョーコがこうして俺のそばにいてくれて。キョーコに想いを伝えて、こうして愛することができて。今日のこの日を……………なんでもない普通の一日だけど、でもその毎日が特別だなって。……………逆に、キョーコと生きていけないかもしれない未来を抱えている時は…地獄にいるみたいに苦しかったなって。」

「……………蓮さん。」
キョーコは胸がつまって、ただ夫の名前を呼んだ。

「キョーコ、俺のそばにいてくれてありがとう。俺を…求めてくれてありがとう。」

「……………蓮さん、うん、私こそ、私こそありがとう。」

「うん…、うん……………ありがとう……………」






蓮は、願うのだ。

キョーコを愛していきたいと、キョーコを護っていきたいと、キョーコと日々を重ねていきたいと。それは決して鏡に指示されたからではなく、蓮の心からの願いだった。



蓮は、鏡に気付かされた『奇跡』に感謝していた。ただの、何でもない、普通の日常が、どれほど尊く、素晴らしいものかということを。

だから、蓮は、囁く。
想いを込めて。

『キョーコ、ずっとここにいて』と。

「愛してるよ。愛してる。キョーコ、愛してるんだ。これからもずっと俺のそばにいて。」

「蓮さん……私も愛しています。あなたのそばから離れません。」









鏡は二人の念に呼応し、一段とその力を増した。そして、その力をもって、この夫婦を護り続けたのだった。














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おかげさまで、『書きたいところ』まできちっと書ききることができました!

『パラレル』をやるからには、ぽてとの味つけが目立ってもいいはず。そう思って、鏡にもちゃんとフォーカスを当てたかったのと、やはり、ぽてとは『成立後』は書くのが苦手ということで、なんだか終盤はしょんぼり……………(モニョモニョごにょごにょ……←←言い訳中)


長いことお付き合いいただいてありがとうございました。途中見捨てずに読んでくださった皆様、本当に本当に本当に!ありがとうございました!!書き続けられたのは、読み手の皆様のおかげです!
                                                      ぽてとより。