どーもです。


なんだか味気ないお話になってしまいました。


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久遠ver.




ドラマの打ち上げからの帰途のハイヤーの中で、俺は悶々としていた。

思い出すのは先程のダグラスの独白。


『俺を軽蔑しただろう』だって?


……………するわけない、するわけはないさ。


俺が思ったことと言えば……………ダグラスのことが死ぬほどうらやましいと…………うらやまし過ぎると…俺も『その手』を使えたら……………、俺もキョーコを妊娠させて、彼女の未来を絡めとれたなら……………半強制的にでも彼女の伴侶になる権利を得られたなら……………、と。


…………でも……それは、俺には使えない方法なんだ。


なぜなら、キョーコを妊娠させることに成功したとしても、彼女が俺との子供を産んでくれる保障はどこにもないからだ。

現在の彼女は、実の母親との関係を着実に改修しつつある。それでもだ。彼女の辛かった幼少時代が消えたわけじゃない。だから、彼女が突然に母親となる未来を突きつけられて、冷静に受け入れるとは思えない。何より、妊娠出産育児は、キョーコのキャリアを中断する。キョーコはまだ22歳。一般的にも、結婚・妊娠には早い年代だ。しかも、『京子』にとって、今はとても大事な時期だ。社さんは今でこそ、LMEの海外研修で俺のそばにいるけれど、普段はキョーコのマネージャーを続けてくれていて。そんな社さんから伝わる情報は、『京子』がどれだけ日本の芸能界から、女優としてもタレントとしても必要とされているかということだ。『京子』はまさに、売り時。名実共に、その地位を築き上げている真只中。そんな時に突然の休業だなんて、仕事に真摯に向き合い楽しんでいるキョーコから、一過性にでもそのやりがいを奪うことにもなる。さらには、契約済の仕事が反故となり、失う信用だってあるだろう。

だからこそ、俺の中の決まり事として、キョーコと体を重ねる時は、必ず避妊具を装着することにしている。



実は俺は、アサーシャのことは昔の頃を知っている。共演したことがあったのだ。本当に美しく、男性からの誘いはあとをたたなかった。しかし、身のもちの固い、交際には奥手な女の子だった。だがしかしそれでも、アサーシャは、あの妊娠時には既に心も体も大人となっていたはずだ。

だが、キョーコはどうだ?あの初(うぶ)なキョーコから、『今日は安全日だから、つけなくても大丈夫』だなんて、そんな言葉は、たとえ太陽が西から昇ったって聞くことはできないだろう。

そうなると、キョーコを妊娠させる手段としては、あらかじめ避妊具に細工をしておいて、ちゃんとつけたのだが破けてしまったとか、それくらいしか方法はない。でもそれではやはり、キョーコに俺が避妊具に小細工をしたと疑われるだろう。きっとキョーコには、俺に対して警戒心が芽生えてしまうはずだ。

だいだいが、もし妊娠させることに成功したとして、それでも悲しいことに堕胎するという結論に至った場合。それはキョーコに深い傷を残すだろう。堕胎という道を自ら選ぶのはキョーコだとしても、きっと気軽な気持ちではない。絶対に相当苦しむはずだ。俺はキョーコに、そんな辛い想いをさせたくはない。何より、お腹の子にだって申し訳ない。

そして、正直なところ……………俺が一番恐れていること。それは、そんな残酷な状況にキョーコを追い込んだ俺を、キョーコは許さないだろう。

だけれど、せめて、俺がキョーコのそばにずっといられれば、彼女の傷ついた心を癒す手伝いもできるかもしれない。ずっとそばで誠意を持って謝罪を続ければ、キョーコの気持ちをほぐすことだってできるかもしれない。しかし現実は、日本とアメリカに離れ離れの俺達だ。

そう。キョーコが堕胎と決断したあと、その時に俺はキョーコのそばにい続けることができない。俺は、キョーコと痛みを分かち合い、彼女を支え続けることができない。

……………結果として……『ダグラスと同じ手』は使えない。

万が一にも、彼女を妊娠させてそのまま夫の座におさまる、なんて幸運は、俺にはあり得ないのだ。むしろ、逆。そう、俺は間違いなくキョーコからの愛を失う。


キョーコの突然の妊娠……………それはすなわち、俺がかけがのないキョーコという光を失うということ。

…………俺の…身の破滅を意味する。














そんな思考のせいで情緒が不安定なまま、携帯電話の画面にキョーコの電話番号を表示する。先程話したばかりなので、しつこい男だと思われたくない俺は、かけるつもりはなかった。だが、なんだか寂しくて、電話番号の表示をを消すのを躊躇われて、そのまま手の中で携帯電話を弄んでいた。


そんな時、俺の対角上で、ふわふわと揺れていた社さんが、ふと何かを思い付いたように顔をこちらに向けた。酔いと眠気でふにゃふにゃしている。そんな社さんは、俺の焼け焦げそうな思考に気づいてない様子で、からかうような口調で俺に話しかけてきた。

「さっきのさ、ダグラスの結婚のなれそめ話を聞いてさ、お前も思ったんじゃないのー?キョーコちゃんに赤ちゃんができたらいいな〰って。……………うん、二人の子供なら絶対に可愛いだろうし、みんな喜ぶし、俺も姪っこみたいに色々おもちゃ与えたりしちゃいそうだし、」


その社さんの言い回しに、この人は何て言うことを言うんだ!?と思った。

その感情のまま、俺は口を開く。
「え?キョーコに赤ちゃん?…………社さん、あなた何言ってるんですか。そんなの欲しいわけないじゃないですか!要りませんよ!絶対に要りません!」

「………………………………………ぁ、あ、そ、うなのか、ごめ」
「冗談でもやめてください!俺はキョーコが絶対に妊娠しないように、いつも完璧に配慮してますよ。赤ちゃんなんて………とんでもない!それこそ………………身の破滅だ………!」


自分の口から、改めて言葉として音に出して、そして自分で勝手に傷ついた。

だが仕方ない。それが事実なのだから。






社さんはそのあと、黙りこんでしまった。それこそ、酔いが覚めたように。
『しまった!』という顔で『ごめん』、と言った、社さん。

そう、社さんはわかってるんだ、自身の発言が、『失言』だったのだと。

なぜなら、社さんは知っている。俺とキョーコの関係を。恋人同士となっても、対等ではない俺達の関係を。

例えば、『人の想い』に重さがあるならば、俺の想いはキョーコのそれに比べて遥かに重い。そりゃあ、当たり前だろう。俺は、キョーコがいなくては、夢を見ることも、空を飛ぶことだって、できはしない。だから、キョーコがいなければ俺なんかもぬけの殻になってしまう。

だけど、キョーコは違う。

キョーコは、自分自身の力で立っている。俺のように、身も心も、魂でさえキョーコの光を欲してはいない。それは、肌で感じるんだ。

俺とキョーコが付き合いはじめた頃、社さんが言っていた。

『蓮、大切なことだから、俺も腹をくくってはっきりと言うぞ。心して聞け!』と。

『蓮は、キョーコちゃんじゃなきゃダメだけれど、キョーコちゃんは違うよな。キョーコちゃんは、キョーコちゃんのことを理解して大切にしてくれる相手なら、きっとキョーコちゃん自身の力で幸せになれる。もしかしたら、これから始まる遠距離恋愛よりも、この日本でキョーコちゃんと寄り添い支い合える男が現れるかもしれない。……だけどな、蓮!俺は蓮の味方だ!誰よりもお前たちの未来を応援したいと思ってる。蓮の恋路を邪魔する奴は、俺がキョーコちゃんに近づけないから、だから、思いっきり、仕事に集中していいぞ!キョーコちゃんのことは俺に任せて、クオン・ヒズリとしての居場所を取り戻してこい!!行け!久遠!!』

アメリカに戻ることは、俺が自分で決めたこと。もう前に進むしかなくて、でも、キョーコのことが気がかりで不安で揺れる俺の心を察して、背中を押してくれたのは社さんだった。

俺の不安をオブラートに包むことなく指摘して、そしてその上で、力強く激励してくれた。

あの時、俺は社さんに心から感謝して、『キョーコを頼みます』と頭を下げたのだった。




キョーコの俺への想いは、優しく暖かで慈しみ深く………とても心地がいい。だが、ふわりと柔らかく………軽やかだ。そう、万が一、強い嵐が来て風が渦巻けば、吹き飛んでいってしまいそうな………そんな質量で……。俺はキョーコの愛情がそういうものだということを、言葉の、態度の端々で感じていた。俺に、『好きです』と言ってくれる。『愛しています』と言ってくれる。『貴方に抱き締められると、何も考えられない程幸せな心地になります』とも言ってくれる。…………でも、彼女は俺との未来絵図は語らない。今現在の恋人としての付き合いは肯定してくれているけれど、その先にある、例えば結婚や、世間への公表等は話をはぐらかされる。その理由は、『貴方と私とは釣り合わない』『住む世界が違う』とキョーコがキョーコ自身を卑下しているものだ。だが、それは言い換えると、『大きな障害を乗り越えても貴方を離したくないと願う程、私の貴方への想いは大きくない。』ということだ。だって、心から俺を欲していれば、状況を打破しようと足掻くはず。……………でも、キョーコの言動にはそれがみられなかった。


俺は、それがものすごく寂しかった。時々、どうしてもっと強く俺を想ってくれないのだと悔しくてたまらなくなる時があった。それでも、深く愛してもらえないのは俺の魅力が足りないせいだと自身を戒めて、彼女にこの激情をぶつけることを耐えてきたのだ。

だが、このままでは何も変わらないのかもしれない。もし今、真剣にプロポーズをしたら断られるだろう。しかも一旦断れば、彼女のことだ。『本当にプロポーズまでしてくるなんて予想外だわ。彼は夢に浮かされているのかもしれない。彼の幸せのために私が引かなければ。』とフェードアウトされてしまう恐れもある。


でもこれ以上、彼女を失う恐怖を抱き続けるのも辛い………いいかげんに、なにか……………なにか行動を起こさないと……………。

なにか………いい方法はないか……………。

…………そうだ……………決めた!決めたぞ。日本での仕事を再開させよう。物理的にキョーコを見張れる場所にいくんだ。キョーコの未来を間違いなく絡めとれる場所に………!




そうして俺は、すぐに携帯からボスに連絡をとった。


だけれど。その時の俺は、その少し前に俺の携帯からキョーコに電話をかけてしまっていたなんて、全く気づいていなかった。