大切な写真(1) | ヘルベルト・フォン・ホリヤンの徒然クラシック

大切な写真(1)

 誰でも大事にしている写真があるはずだ。仏壇の上にはご先祖様の、机の上には家族の、定期入れの中には恋人の写真があり、アルバムの中にはそれこそ、その人の歴史が詰まっている。旅先で凍えるプラットホームで列車を待つ時に愛する人の写真を取り出して眺めるだけで、一瞬寒さを忘れたことがあった。いいことがあった時、亡き両親の写真に報告すると、良かったね、と微笑んでくれたこともあった。これから何点か僕が大事にしている写真を公開しようと思う。自分が撮った自慢の写真から、もらったもの、その他色々あるが、基本的には見ると嬉しくなって元気が湧いて来る写真だ。


「朝比奈隆先生、山本直純先生と一緒に」

ホリヤンのブログ
左より山本直純先生(54才)堀俊輔(36才)朝比奈隆先生(78才)1986年8月、蒲郡にて



 この写真は我が家の飯を食べる所にパネルとして架けている。両先生と一緒に飯を食い、飲んでいる気分になって楽しい。二人は座談の名手だった。どちらか一人でも話しが弾み、座が盛り上がるのに、二人が揃うともうそこは笑いの渦と涙である。そして彼らと同じ職業、指揮者になれた幸福感に包まれる。音楽家としての彼らに対する深い尊敬の念が根底にある。


 1986年、プロオーケストラ指揮者の会である「日本指揮者協会」(会長 朝比奈隆)に入会した。今はそうでもないが、その時分協会に入るのはなかなか難しかった。基準をクリヤーして入会出来た時、嬉しかったを覚えている。最初の夏の親睦旅行にはもちろん参加した。この世界の先輩指揮者達が沢山集まり、とりわけ朝比奈、直純両先生に、会えて良かったね今日から仲間だよ、と直接声をかけてもらった時は天にも昇る幸福な気持ちになった。一緒にフリチンで風呂に入り、当たり前やけど・・・僕が朝比奈先生の背中を流している間、直純先生は湯船に頭から飛び込んでハシャイでいたなあ。


 この時のことを1997年3月6日付け静岡新聞コラム「窓辺」に書いた。 ・・・直純さんは、かつての「大きいコトはいいコトだ」のコマーシャルでの、いささか型破りで、コミカルなイメージが浸透しているが、プロの世界では、その恐るべき音楽的才能に対して、誰もが畏敬の念を抱いて接している。僕にとっても、芸大指揮科の大先輩として、常に目標としている人である。作曲にも抜群のセンスを見せる。フーテンの寅さん映画が四十八作もの超ロングランを続けることができたのは、渥美清の芸、山田洋次の演出もさることながら、山本直純の音楽も、大きな役割をはたしていると思う。


 指揮者の集まり、日本指揮者協会の年に一度の親睦旅行に行った時のこと。ある観光地で、朝比奈先生、ナオズミさんと共に三人で歩いていたところ、向こうからおばあさんがスタスタと寄って来て、「やっぱりテレビで見た指揮のセンセや! 孫がおたくのファンやねん。写真一緒に撮ってちょうだい」とナオズミさんを誘った。それはいいのだか、なんと朝比奈先生に「オッチャン、シャッター押してんか」。先生困惑して「私、メカにはどうも不案内で」「あのな、これ押すだけやからアホでも撮れるで」。さすがのナオズミさんも焦り出して、僕がカメラを預かって、コトなきを得た。文化勲章受賞、朝比奈隆先生のその時のお言葉。「ナオズミは偉いね。クラシックをここまで広めることができたんだ。われわれは彼の恩恵を受けていることを忘れてはいけないよ」


楽しかった夏の思い出、 お二人のこと亡くなったとは思っていない。