ホリヤン動向
11月29日 札幌市立北白石小公演。すすきのラーメン「すみれ」私には油が強すぎる。札幌京王プラザホテル泊。
30日 札幌市立米里小公演。札幌交響楽団事務局長宮澤敏夫氏来る。元大阪フィル首席コントラバス奏者。同フィル事務局長を経て現職。宮澤氏が首席の時代の大フィルは朝比奈隆先生の全盛期でオーケストラの魅力は頂点を示していた。眼光鋭く指揮者を見つめ、背筋をピシッと伸ばして迫力のある弓使い、その姿は今でも脳裏に焼き付いている。一言で言えばカッコいいガクタイであった。そんな優れた奏者がマネージャーになるのは惜しいなと思ったが、次の大フィルを作って行くために敢えて楽器を捨てる選択に感銘を受けた。宮澤氏の和歌山の家に呼んでもらったことがある。トイレに立って彼の部屋の前を通った時、薄暗いが中が見えた。ど真ん中に素晴らしい名器が立て掛けてあったのだ。私にはそれが宮澤氏自身に見えて涙した。もちろんその後マネージャーとして業界の大きな存在となり、現在も札響の屋台骨を支える凄腕は健在である。
この日の朝、宮澤氏から電話があった。「昨日はスマン。和歌山から女房が来とってな早よ帰ってん。これからちょっと顔を出すわ」。昨日札響事務局に電話をしたが不在で「今札幌に来ているが、文化庁の仕事が終わったら釧路に発つので一言ご挨拶」と伝言を頼んでおいたのである。まさか来てくれるとは思わなかった。何しろ今日は札響も音楽監督尾高忠明氏の指揮で、同時刻に「キタラホール」で「フアーストコンサート」の本番があることを知っていたからである。嬉しかった。そしてホンマに来てくれた。感激だった。神様がタイミングを合わせててくれていたなら、この人と一緒に苦労をし、喜びも分かち合ったかもしれないのだ。そんな人が客席で私のステージを暖かく見守ってくれるている。アガるかなと思ったが、不思議なことにかえっていつもより落ち着いた出来となった。「頑張ってんなあ!来て良かったわ。ほんならこれで」相変わらずの素っ気ない口振り。でも顔はにこやか。私にはこれで十分だ。
終了後JR新札幌14時18分発特急おおぞら2号。釧路着18時14分。駅に降りたとたん魚の匂い。港からの海風が魚加工工場の匂いを運んで来ているのだ。夜市内居酒屋で中部フィルフルート奏者、上田花奈嬢の誕生会。何歳になったのかは聞けなかったが、名前の通り華のある魅力的な人。釧路プリンスホテル泊。
12月1日 白糠養護学校公演。中部フィル文化庁公演の最終日。無事故でしかもクオリティの高いステージを重ねることが出来た。楽員、スタッフに感謝し敬意を払いたい。今日のサプライズゲストは楽員バイオリン奏者の中瀬扮する小牧市イメージキャラクター人形「コマッキー」実は八雲町で使ったものをもう一度使え、というアイデアが出て中瀬が入ってもいいと申し出てくれた。なんというプロ意識の高い子だ。なにせこの子若くて可愛くて上手くて、ホリヤンがするようなアホなことなんかさせたくない子なんだ。ここだけの話しだけど、この子を見つめるとホリヤンはポーと赤くなっちゃうんだ。来年度はアメリカに留学し腕を磨くと言う。私の予想ではもうオーケストラには戻ってこないだろう。寂しいが彼女の大きな飛躍のためにはその方が良い。演奏会は白糠養護学校そのものを物語るかのような暖かいものとなった。生徒代表S君が脳性マヒの不自由な体をおして大きな花束を指揮者に手渡してくれた時、不覚にも涙がこぼれてしまった。かつてアマチュアのトロンボーンの名手として鳴らした校長先生もその目は真っ赤。終了後釧路空港へ。さようなら北海道の大地よ、ありがとう素晴らしい人々よ。帰京。自宅泊?