NHKなどドラマまでマイルド化と言われてます。

『花子とアン』 に描かれる花子の恋はもっとどろどろしてたもののようです。

こちらに詳しく☆

不倫を朝ドラで描く限界でしょか。

報道などみなドラマ以上に*演出*でしょう。
「AERA」7月14日号のインタビューのようです。


古舘伊知郎が懺悔告白“テレビはウソしか伝えていない” から

AERA (アエラ) 2014年 7/14号 [雑誌]/朝日新聞出版
¥390
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古舘によると『報道~』では、「言外にある裏側、バックステージみたいなことも、
スタッフに嫌な顔をされてもちょこっとは言いたくて」やっているら しいのだが、
「ただ場外乱闘までいってない、エプロンサイドぐらいで」とプロレスで自身の
立ち位置を表現。

「自分の感ずるところ、思うところをなかなか言 えない。
表の報道をしてて、裏の背景をあんまり言えない」と嘆き、挙げ句には、

「世の中ってうそ八百で成り立ってるし、ホントのところは新聞も雑誌も

 

テレビも伝えないし、たまに言外に漂わせたり、におわせたり、

スクープで追及したりってことはあっても、ほとんどがお約束で

成り立ってるわけですね。

 

 「プロレスですよ、世の中。完全にプロレスです」  

 と、『報道~』全否定ともとれるかのような話を展開。

 


 

しかもそれは、“大人の世界は汚い”と罵る思春期の中学生かと見紛うテンションである。

 しかし、古舘は何もスタッフを責めたいわけではないらしい。むしろ

 

「(裏を)言えないのは僕に勇気がないからなんですよ」と言うように

 

、問題は古舘自身にあると感じているようなのだ。

「番組が今日で終わっちゃうとか、これを言ったらおしまいだなとか

 

思ってるだけで。世の中、糾弾されるじゃないですか。

ガリレオ・ガリレイ以降。(中略) 見てる人だってそれはお約束だから、

毎回何かを言おうとは思わないけど、言おうと決断したときは言えばいい

自分のさじ加減ひとつなんですよ」


たしかに、『報道~』における古舘のキャスターぶりには腰砕け感や

物足りなさを感じることもある。

だが、たとえば震災から1年目に放送された『報 道~』のスペシャル番組内では

、「“原子力ムラ”というムラが存在します」と切り出し、

「積極的に原発を誘致した」「その根本を徹底的に議論しなくては

い けないのではないでしょうか」「そうしないと、いま、生活の場を

根こそぎ奪われてしまった福島の方々に申し訳がたちません」と

、他のニュース番組では言及 しなかった部分にも踏み込んだ。

そして、「もし圧力がかかって番組を切られても、私はそれはそれ

で本望です」とさえ言い切った。

「たんなるパフォーマンス だ」と冷ややかに嗤う者もいたが、

それでもあのときの古舘は、プロレスになど持ち込めない“ガチ”勝負

を挑んだはずだ。


古舘が話すように、世の中はどんどん「プロレス」化が進行している。

なにせ、報道番組に平気で介入してくるような厚顔無恥な政権下

なのだ。だから こそ、さまざまなしがらみを振り切って、

視聴者に「ホントのところ」を伝える人が必要なのではないか。

どうか「ニュースに向いていないんです。無理して やってるんですよ」

なんて言わずに、古舘には踏ん張ってほしいと思う。


 と、書いてはみたが、古舘に頼らざるを得ない状況というのも、
なんとも情けない話ではあるよなあ……。と転載ここまで。



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