『第七帝国華やぎ隊』の試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!
発売日、間近の今日も試し読みを実施します♪

第5弾は!
『第七帝国華やぎ隊 その娘、飢えた獣につき』
第七
著:梨沙 絵:凪 かすみ

★STORY★
第七帝国華やぎ隊――それは、大国の王子が作った究極の娯楽部隊。
とある理由からお金がほしいメイは、幸運にも華やぎ隊に入隊することに! 美形ばかりが集められた、水の女神の警護をするお飾り部隊。そう聞いていたのに、待っていたのは愛をささやき合う双子、軟派な屍術師、麗しの死者、病弱な王子、そして冷酷な聖職者という変わった隊員たちで……!? 

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 愛妻家で、遅くに生まれた娘カレンとメイの年が近いことから、なにかと気をかけてくれるのが豪商マシューである。そんな彼から仕事を紹介された。名誉に興味はないが、給料が高いというのは魅力だった。
 メイが一も二もなくうなずくと、マシューはすぐに二頭立ての箱馬車を呼んでくれた。小汚い格好で乗るわけにはいかないと固辞したが、強引に馬車に乗せられ――メイの記憶は、空腹のためそこでぷつりと途切れてしまった。
 次に目を開けたら、水底だった。
 青く揺らめく光の帯に、メイの全身も真っ青に染まった。

「きゃあああああ! 溺れる――!!」

 メイは悲鳴をあげ両手で口をおおった。水の都シア・スフィアの川は驚くほど透明度が高い。水深が増せば、無色透明な水は神秘的な深く濃い青に代わり、どこまでも沈んでいく。

《うお! なんだ!? どこだここ!? 水路!?》

 脳髄を揺らすほど大音量で叫ばれ、混乱が恐怖に塗りつぶされた。

「上どっち!? 息! 息が……!!」
《だから都会は怖いところだって言ったじゃねえか!》
「息が――……え……? 息が、できる?」

 メイはぴたりと暴れるのをやめた。苦しくない。恐る恐る深く息を吸い、ようやく水中でないことを実感して全身から力を抜いた。
 水底と勘違いしてしまったのは、よく見なければ壁や天井があることさえわからない奇妙な部屋のせいだった。とう(とうと)ちょう(ちょう))で揺らめく光は、水中で見る太陽に似ている。天井の光源から離れるたび壁がうっすら青く色づき、床に至るころには濃い青に染まっていた。その色彩の変化が水中を思わせたのだろう。

「……なにこのソファー。ガラス……じゃ、ないわよね……?」

 メイが横たわっていた透明なソファーは、青い光で染められているのに起毛(きもう)のような肌触りであたたかかった。見た目と質感がともなわない奇妙なソファーから起き上がると、青く透き通った床にかかとの高い靴が置いてあった。どこの貴婦人の持ち物なのか、嫌味なく宝石がちりばめられた見事な一品だった。

「これ、高いのかしら? お墓一つなら立てられそう?」
《二つくらいいけるんじゃねえの?》

 二つ。銅銭一枚と宿に置いてある銅貨を合わせて――と、腰紐をさぐったメイは、腹回りがやけにすっきりしていることに疑問を抱きながら視線を落とす。いつも麻布で包まれていた細い体が、今日はしっとりと濡れるような光沢を放つ真紅の布地に包まれていた。たっぷりのドレープがソファーから滝のように流れ、その先にメイの足がちょこんと覗いている。

「え、なにこれ。ドレス? なんで私がこんなもの着てるの!?」

 見るからに高価なドレスに慌て、鎖骨で弾む首飾りにぎょっとする。耳元でじゃらじゃらとうるさく音をたてるのは耳飾りに違いない。体を動かすたびにかつてないほど輝く黒髪が肩からこぼれ落ち、その身に起こっている異変を伝えてくる。

「あまり動くと乱れますよ」

 混乱に心臓をバクバクさせていたメイは、突然聞こえてきた若い男の声に凍り付いた。
 コツ、と、床を叩く硬い音がした。乱れなく刻まれる靴音と、青い闇の中にぼうっと浮き上がる男の影――月の光を集めたような髪がさらりと揺れる。男の左手に持たれているのは、髪と同じ色のしっかりとした造りの銀のカバンだ。白い手袋に包まれた右手がゆっくりと持ち上がり、長い中指が銀縁眼鏡を押し上げる。眼鏡の奥で細められたのは、暮れたばかりの空に広がる深みのある青だ。意志の強さをにじませるようにきつく唇を引き結ぶ彼は、金の刺繍で十字をあしらった白い長衣をまとっていた。十字の中央には、光を現す放射線状の模様が縫い込まれている。それは、いずれ司祭以上の地位に就く英俊(えいしゅん)の徒である証だ。

「私は西新教会助祭、バージル・カールストンです。あなたは?」

 抜き身のナイフのような鋭い眼差しがすうっと細められた。ぞくりとするほど美しい。
 バージルと名乗った男に見惚れたメイは、われに返るなり手を差し出した。

「教えてあげるから、銅銭一枚」
「……あなたに名前を訊くと料金が発生するんですか?」

 表情は動かないが、彼の声は困惑気味だった。メイは当然とばかりににっこりと微笑んだ。

「そうよ?」

 声に合わせて手を突き出すと、バージルはかすかに眉をひそめた。
 外見は、メイよりわずかに上――十七、八歳だろう。マシューの紹介でやってきた場所になぜ聖職者が、そう考えてはっとした。

(商売敵!? 聖職者なのに金儲けの算段!? でも、この町って教会あったかしら?)

 眉をひそめて固まったバージルに警戒しつつ、メイはソファーから足を下ろす。ぺたんと床を踏むと、水底を思わせる青い床に波紋が広がった。
 驚いて足下を見た弾みに、メイの体が大きく前に傾いた。

「きゃっ……!!」

 倒れかけたメイの体をバージルがとっさに抱きとめた。

「大丈夫ですか?」

 そう問うバージルがあまりにも美しく、メイはぎょっとして離れようとした。だが、ひどいめまいに反射的に彼にしがみついていた。

「ごめ、……ちょっとくらくらして……」
「なにか持病でも? かかりつけの医者はいますか?」

 バージルの声から少し険が削がれる。その瞬間、くうっと妙な音が響き渡った。バージルは不思議そうに辺りを見回し、次いで真っ赤になるメイを見おろした。

「病気じゃなくて……その……お腹が、すいて……」

 メイの声に応えるように、くううっともう一度お腹が鳴った。

(なんでこんなときに……!!)
《恥ずかしい女だな》
「あんたのせいじゃないの!」

 脳内で響く呆れ声にカッとして、メイは反射的に叫んだ。そして、バージルの冷徹な瞳に慌てる。頭の中で話していたつもりが、声に出てしまっていたらしい。

「い、今のは、違うの。その……」

 言い訳を探しているとき、どこからともなく「おや」と間延びした声がした。

「助かった。紹介する前に仲良くなってくれるなんて」
 青い闇から前触れなく金髪の青年が現れる。病的なほど青白い肌を持つ整った顔立ちの彼は、瞳に合わせた浅緑色の服をまとっていた。襟元と袖口に唐草模様が縫い込まれ、舞台衣装のように華やかだが、毅然とした立ち居振る舞いのためか違和感はない。
 バージルはメイを立たせるとすみやかに離れ、青年に向き直った。

「バージル、君にも着替えを用意しておいたはずだけど」
「親書にあった通り、私はこの町に布教のため訪れたのです。なぜ着替える必要が?」

 静かな声できっぱり返すバージルに、金髪の青年は軽く肩をすくめた。

「彼女はいろいろと好みがうるさくて……まあ、君なら大丈夫かな。あ、君がメイ? マシューから聞いてるかな? 仕事は住み込みで、報酬は一ヶ月で銀貨五十枚だから」

 青年の提示に、メイは驚きに言葉を失った。

(ぎ……銀貨五十枚!? 大の大人だって一ヶ月働いて銀貨三十枚よ!)

 羽振りのいい豪商(マシュー)のもとで働く男たちは、銀貨三十枚で家族を養い蓄えをする。メイの場合、マシューに頼んで日当として白銅貨一枚を受け取っていた。一ヶ月働いても銀貨十枚分、休みなく働いても十五枚が限界である。

(五十枚! すごいわ。五年も働けば目標額達成じゃない!)
《仕事の内容も聞いてねえだろ、お前》
(銀貨五十枚だったらなんだってやるわよ!)

 興奮気味に脳内で話し合っていると青年に手招きされた。

「こっちにおいで。ああ、靴は履いてね?」

 靴と言われて指さされたのは、かかとの高い貴婦人用のあの靴だ。高価なドレスに慣れない靴――さすがに躊躇ったが、銀貨五十枚の魅力に負けて足を差し込む。視界が高くなった。

(落ち着いて。大丈夫よ。右、左、右。足を交互に出せば前に進めるから。間違えてもこんな高そうなドレスを汚さないように、右、左、み――)
「きゃあ!」

 ドレスが足に絡まって、メイの体が前のめりになる。手をばたつかせていたら、バージルがメイの手を掴んだ。

「あ、ありがと……ひゃ……!!」

 体を起こした弾みに後方にひっくり返ったメイの背をバージルが支える。哀れなことに、メイは右足をピンと持ち上げ、派手なダンスを踊っているような格好になってしまった。

「ぶ……く、くくく、あ、いや、失礼。だ、だいじょう、ぶ、くくくくっ」

 奇妙な格好で固まるメイとバージルを見て青年が激しく肩を震わせ、必死で笑いをこらえている。びきびきとバージルのこめかみに青筋が立った。

「立てますか?」

 地の底から響くような低い声に、メイは口元を引きつらせながらうなずいた。

(仕方ないじゃない! こんな靴、一度も履いたことないんだから……っ)

 こんな危険な靴を履いて道を歩いているのなら、もはやそれは奇跡である。今まで気づかなかったが、町には奇跡があふれていたのだ。
 無事に引き起こされたメイは、背を向けるバージルを追うように足を踏み出した。
 ドレスが足に絡みつく。破ったら大変と下を見たら、足首が再びあらぬ方角に曲がった。よろめいたメイはバージルの背中に突進する。前のめりになりながらもなんとか持ちこたえたバージルが、静かなおもて(おもての)を奇妙に歪めながらメイを見おろした。

「ご……ごめん」

 ひいいいっと胸の奥で悲鳴をあげる。村を荒らす魔獣と日夜戦っていた彼女だが、彼は飢えた魔獣よりよほど恐ろしい顔つきをしていた。表情が少し変わっただけなのに、美形が怒るとすさまじい破壊力になるらしい。

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~