『マリエル・クララックの迷宮』(シリーズ12)を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!

アイリスNEO5月刊の発売日は、もうすぐ!
ということで、今月も試し読みをお届けしますо(ж>▽<)y ☆

今月の試し読みは……
コミックゼロサムにて長編コミック連載中、コミック①~⑧巻発売中の人気シリーズ最新作★
『マリエル・クララックの迷宮』

著:桃 春花 絵:まろ

★STORY★
伯爵家嫡男にして近衛騎士団副団長の旦那様シメオンと共に、輿入れする王女の付き添いで隣国へ向かったマリエル。心弾ませる一行が案内されたのは、埃くさい小さな離宮だった。これは王女の義母となる大公妃からの嫁いびり? 困惑するマリエルたちの前に現れたのは、チャルディーニ伯爵こと怪盗リュタンで――!? 古代の遺跡が残る公国の都で暗躍する影とは……?
大人気シリーズ第十二弾、オール書き下ろしで登場!

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「こちらはいかがいたしましょう」
「あっ」

 見せられたアンリエット様がはじかれたように立ち上がった。
 職員に駆け寄りみずからバスケットを受け取られる。蓋が開かないようしっかりかけられていた留め金をはずすと、中からフサフサした白黒の毛並みが現れた。

「ペルルー! ごめんねごめんね、ごめんなさい!」

 小さな犬をアンリエット様は抱き上げる。鼻先が短く、くりくりした大きな目を持つ犬は、キャンとも言わずうれしそうに尻尾を振っていた。
 アンリエット様の愛犬だ。まだ一歳の女の子、やんちゃ盛りのわりにあまりいたずらをしないおとなしい子で、吠えることも少ない。馬車を降りる直前バスケットに入れられ、そのまま騒がずいい子にしていたせいで、うっかり忘れられてしまったらしい。まかされていたはずの侍女がアンリエット様に平謝りしていた。
 忘れていたのはわたしもアンリエット様も同様だ。目の前の衝撃にすっかり意識を奪われていた。
 思い出した人々があわてて犬のための道具類をさがしにいった。自分のことは自分でどうにかできる人間より、犬の方が優先だ。荷物の中から大急ぎで犬用品が発掘された。
 人があたふたしている横で犬は不思議そうに周りの匂いをかぎ回っている。猫と違って知らない場所に来ても怯えず、むしろ楽しんでいるようだ。床の匂いをかいで、ついでとばかり人の足もかいでいた。

「今さら私を確認しなくても」

 調べられているシメオン様が複雑な顔になる。

「もしかすると、もよおしているのかしら。出してもよい場所をさがしているとか」
「……!」

 シメオン様はガッと犬を抱き上げて部屋を飛び出していった。それ専用の道具もあるのに、聞くこともなく走り去ってしまった。
 残されたわたしたちはポカンと見送ったあと、一斉に噴き出した。困惑に落胆、不満に疑問。いやな気分に満ちていたのが、犬のおかげでやっと心から笑うことができた。
 やっぱり動物って、心をなごませてくれる存在だわ。
 そんなこんなで、不満はあれどもう今夜はのんびりしちゃおう、という気分になっていた。これから顔合わせやら結婚式の準備やら、いろいろしなければならないことがあるのだから、ラビア側からなにも言ってこないはずがない。心配しなくてもリベルト公子がぬかりなく手配するだろう。だから大丈夫。今夜はもう寝るだけなのだから、どこに泊まっても一緒よね――なんて、考えたりもしたのだけれど。

「寝台が……ない?」

 甘かった。全然一緒ではなかった。
 部下の人がシメオン様を呼びにきてなにごとか耳打ちしていたと思ったら、驚くべき報告をされてしまった。いわく、部屋の割り振りをしようと確認したら、寝台のある部屋が一つもなかったと。
 急いでわたしたちも他の部屋を覗きにいった。聞いたとおりだ。見る部屋見る部屋、申し訳程度に机や椅子があるばかりで、寝台なんてどこにもない。
 おまけにどこも埃っぽかった。おそれていた蜘蛛の巣を見つけ、わたしは愕然と立ち尽くしてしまった。

「いったいどういうこと? ここに滞在しろと言いながら、受け入れ準備がまったくできていないではないの。わたくしたちに床で寝ろとでも言うつもり?」

 さすがにアンリエット様もお怒りになって、職員を問いただされた。とんでもない不手際で謝るしかない状況なのに、問われた女性職員は平然とした顔で答えた。

「滅相もないことにございます。隣の部屋にご用意してあります」

 そう、最初の部屋の隣にだけは、立派な寝台があった。アンリエット様の寝室だけは用意されていて、それはよかったのだけど。

「一つだけあればよいというものではないわ! 何人いると思っているの」

 今回の随行員は、侍女が四人に護衛が指揮官を含めて三十六人、打ち合わせや連絡担当の役人が三人で、最後にわたしを入れて計四十四人だ。護衛は交替制にするとしても、二十五台くらいは寝台がほしいところである。

「お供の皆様の分は四階にございます。少々数が足りないかもしれませんが、そこはご都合をつけていただければと」

 動じない返答に、侍女や役人たちが顔を見合わせた。四階……外から見た、あの小さな窓のところよね?
 確認したのは三階までで、その上は見ていなかった。あらためてわたしたちは階段を上がり、四階を見に行った。
 予想どおり、狭くて質素な廊下と、同じく質素で天井の低い部屋に出迎えられた。寝台が四つずつ詰め込まれ、他にはなにもない部屋が六つ並んでいる。計二十四台か。どうにか寝床は確保できそうだと、安堵してよいものか。

「でもこれ、使用人の部屋ですよね……」

 誰もが抱いているであろう感想を、侍女の一人が口にした。

「たしかにわたしたちは使用人、ではあるわね」
「そ、そうとも言えるけど、でも屋根裏で寝るような身分では……ヴァンヴェールではそれぞれ個室をもらっているのに」
「わたしたちはともかく、男性陣は使用人とは違うでしょう?」
「公務員だから国家の使用人てこと?」
「どういう理屈よ。というか全部ありえないから!」

 さすがにこの段階になると、誰もが悟っていた。こんなの、連絡の行き違いや準備遅れでは済まされない。あきらかに悪意が存在している。
 わざと無礼な扱いをされていることは、もう疑いようもなかった。
 当然アンリエット様はますますお怒りになり、もう一度抗議しようとされたが、相手がわざとやっているならなにを言っても無駄である。若い女性ということで舐められている部分もあるだろう。
 なので今度はシメオン様が、職員を集めて話をされた。

「これ以上無駄なやりとりに使う時間はありません。われわれの要求は一つです。今すぐここを出て、当初の予定どおりカステーナ宮殿へ移動したい。よろしいですね?」

 集めてといっても、女性職員が二人と警備の兵士が四人だけだった。他はみんな用を済ませたら帰ってしまったらしい。あの案内の役人もいつの間にか姿を消していた。
 本当にありえない。

「申し訳ございませんが、それはできません。こちらに滞在していただくよう指示を受けておりますので、勝手に変更するわけには」
「勝手に変更したのはそちらでしょう。もう一度言います。無駄なやりとりはしません。今すぐ移動します」

 声を荒らげることもなく、シメオン様は落ち着いて話している。特別怖い顔もしていないが、相手の言い分は真っ向から切り捨てていた。さすが鬼の副長! デモデモダッテとやり合っても時間の無駄ですものね!
 そちらの言い分なんて聞かないという態度に、職員たちも鼻白んだ。

「そう言われましても……」
「不満があるなら指示をしたという人物に言ってください。こちらは予定どおりに行動するまでです。出発の準備を」

 最後の言葉は部下へ向けてのものだ。相手の反応を無視して近衛たちが動きだした。
 あわてて職員と兵士たちが止めに入る。

「困ります! もうカステーナの正面は閉じる時間ですし、今から押しかけられても対応できません。こちらの指示を無視して動かれては迷惑です」
「無駄なやりとりはしないと言いました。これ以上は聞きません」

 シメオン様は冷たく返す。変わらず静かな声と表情のまま、凍てつく視線で立ちはだかる人々を貫いた。
 見目うるわしい近衛たちを飾り物と思っていたか、馬鹿にする雰囲気だった兵士たちは、鬼副長の迫力にあてられて青ざめた。

「……マリエル、悶えていないでそちらも準備をしなさい」

 シメオン様がちょっといやそうにわたしを振り返る。

「マリエルさん……」

 アンリエット様からも困った視線が向けられる。近衛と侍女たちは苦笑し、はじめて見る役人たちはなにごとかと引いていた。
 でもでも、ごめんなさい我慢できません! ちょっとだけ待ってください!
 ああああああ!
 これこれ、これよ、これなのよ! この迫力こそがシメオン様! 怒鳴らなくても、血相を変えなくても、全身からにじむ凄味で威圧する。真の強者だからこその迫力がたまらない! これぞわたしの鬼畜腹黒参謀様!
 かっこいい――!!

「……準備を、していただけますか」

 早々に諦めたシメオン様が他の侍女たちに声をかけた。

「あ、はい」
「あの、夫人は大丈夫なので?」
「おかまいなく。大丈夫すぎるので」

 説明にならない返答に役人が困惑している。わたしは頑張って萌えを抑え、出発準備を手伝おうとした。近衛たちがにらみを利かせ、もう邪魔をさせまいとラビア勢を牽制する。室内があわただしく動きはじめた――と、思ったら。
 またも割って入った声に止められた。

「あー、すみません、もうちょっとだけ待ってもらえますかね」

 のんびりした若い男性の声だった。ほとんどの人がえっと驚いた。こちらだけでなく、ラビア側までもが。
 聞き覚えのある声だと気づいたのは、わたしとシメオン様だけだった。シメオン様はそれまでの冷やかな表情がたちまち崩れ、ものすごくいやそうな渋面になった。
 開かれた扉の向こうに、いつ来たのか背の高い姿がある。
 元気に跳ねた短い黒髪に、海のような青い瞳。男性的に整った顔には、人を食った皮肉げな表情が浮かんでいる。
 少しお行儀悪くポケットに手を突っ込み、飄々と立っている。わたしと目が合うと笑みを深くして片目をつぶった。
 見慣れた姿に、さほど驚きは感じなかった。むしろやっと来たかという気分だ。そもそもラビア行きが決定した時から再会は確信できていたものね。
 シメオン様もすぐに表情を戻した。……ちょっとだけ、眉間のしわが残ったけれど。
 彼の反応を確認して、男は部屋に踏み込んでくる。
 そこでようやくアンリエット様が、会ったことのある人物だと思い出された。

「ああ、あなた……て、ごめんなさい、なんてお名前だったかしら」
「エミディオ・チャルディーニです。ラビアへようこそ、王女殿下。歓迎いたします」

 芝居がかったしぐさで胸に手を当て、気取った礼をする男はチャルディーニ伯爵――と、名乗ったけれど。
 もっと有名な名前を持っている。諸国に知れ渡る大悪党、怪盗リュタンの登場だった。


~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~

シリーズ①巻『マリエル・クララックの婚約』、好評発売中ですアップ
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