続きです♡
ピアニストはなんとまだ若干22,3の可愛い可愛い女性!
トークもほわほわ〜ほわほわ〜🌸
まさにお花畑にいるような柔らか〜く♡
そして緊張感も伝わるようなタジタジさもあり
でもピアノに手を添えるその瞬間から
人が変わったかの様な身体の使いこなしになる。
プロだな〜。と思う。
スペシャリストなのだ。
でも、私たちの人生の歩みの中で
どこが一体『スペシャリスト』と呼べるポイントなのだろうか?と思う。
この人は自分で自分をスペシャリストだと思っているのか?
私が『スペシャリスト』と思う人々は
自分を『スペシャリスト』と思っているのか?
プロ意識。なら分かる。
でもスペシャリストは?
例えば私なら、それは誰かに言われて始めてそう言える事なのか?
はたまた、本かなんか出版して、それがベストセラーにでもなったら『スペシャリスト』と言えるのか?
そんな事を思いながら手先を見つめていると、だんだんと手先がアダムスファミリーの手の人に見えてくる。
この画像…大丈夫そ?笑
この人が手を使っているのか…
手が勝手に動いているのか…
どこにいったい本体があるのか…
意思はどこにあるのか?
なんかもう、勝手に動いてるこの手は
どこからか動かされている。使われている。神業。
ちょうど♡I.Ki.Ru♡継続講座と繋がり合う。
そして私は思うのだ。
どこで、どの時点でスペシャリストと呼ぶのか?
そんな事よりも
私は『わたし』というものの
スペシャリスト(専門家)で在るべきなんじゃないか?
そこに、プロ(本職)で在るべきなんじゃないか?
そうだそうだ。
私は常に今、今の私のスペシャリストで在りたい。
しっかりと、愛美に真っ直ぐ、
愛美を使ってゆくために
『今泉愛美』のプロで在ろう。
と、思ったのだ。
迎えにきた息子が『どうした一体⁉️』状態だった。
階段で転んでぶったらしい。
うん。
いろんな使い道があってよい。
子供達が走って行ってしまい
ふと、ホールの前に慰霊塔があった事に初めて気づく。(なんとずーっとここに住んでいる義母すら気づいてなかったらしい😂)
肉体の数だけ使い道がある。
それぞれの使い方があるのだ。
それは誰かから見てどう評価されるかとは関係なく、また、評価があるのはいたしかたなく、
そんな事よりも
自分を正しく使えず、不本意な使い方を自分でしてしまう事の方が辛い。
魂の実行によって
この肉体が使われる様に
ちゃんと、愛美で在ろう。
コンサートを楽しみながら
今、♡I.Ki.Ru♡という継続講座を始めて
本当に良かったと思った💓